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夕日の真如堂へ [京都の風物]

今月は、なぜかパソコンに向かう気になれず、悶々としていました。

他に楽しみが増えたと云えば、そうかも知れないが、
こんな経験は初めてのような気がする。

気がつけば、もう晩秋ですね。

なんか心がついて行けない!


そんな私にお隣さんが真如堂の紅葉がきれいですよというので

出かけてみた。

神楽岡通りを上りながら、振り合えれば、大文字山が夕日に燃えている。


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東北院にご挨拶して通り過ぎる。


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通称寺(萩の寺)の土塀に暖かそうな夕日が降り注いでいる。


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そして、沢山の観光客で賑わう真如堂に到着!


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ここは紅葉が今真っ盛りである。


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夕日が沈んでしまいそう雰囲気になった。


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そしてとうとう日没を迎えた!


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観光客も急に減って、境内は静かな夕暮れ時を迎えた。

そんな境内を歩きながら、ほっとした気分になった。

ブログを書こうという気がやっとしてきた。




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鴨川の散歩 [京都の風物]

11月というのに暖かい陽気に誘われて鴨川散歩に出かけた。


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出町から川端通り側(東側)を丸太町通りへ向かって歩く。


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土手道へ下りてみる。


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紅葉もだいぶ進んでいる。

楽器を奏でる人

犬の散歩をしている人

カップルで語らっている人

ジョギングしている人といろいろ。


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ベンチでおにぎり食べてる人

毎日のように仕事の帰りに来ているとか

その人の話では、もう2回ほどおにぎりやサンドイッチを

トンビに取られてしまったとか。

トンビが一羽飛んできた。

近くで見ると結構大きな鳥である。

おにぎり取り損ねて対岸へ飛んでいった。

油断も隙もならない鳥である。

が、川ではボーとしたサギが抜き足差し足で、たら~と歩いている。


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一人で息巻いているけど誰からも相手にされない寂しい鳥もいる。


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しかし、こちらの鳥はというと


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ちゃんとお相手さんがやってきて、仲良くミーティング


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で、意気投合して友にお散歩


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鳥も人間と同じくいろいろだ!


小さな中之島はススキでいっぱい!


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川端通りに上がってみると京都精華高校の校舎にピカソが・・・・・・


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並木の紅葉がきれいだった。


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丸太町に到着!

4時だというのに、もう夕暮れの雰囲気だ。

河原の散歩って本当に気持ちが和む。

そして、夕暮れの迫る町並みもすごく趣があって、町に見とれてしまう。

のんびりできる云い散歩道である。





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大文字 [京都の風物]

大文字-五山の送り火


8月16日午後8時に五山の送り火の先頭を切って「大文字」が点火された。

送り火は、この大文字の点火の後、5分おきに西に向かって次々と

送り火が点火されて、京の夜空を照らします。


京の夏の夜空を焦がす京都の名物行事・伝統行事。
葵祭・祇園祭・時代祭とともに京都四大行事の一つとされる。
「大文字」(京都市左京区浄土寺・大文字山(如意ヶ嶽)。20時00分点火)
「松ヶ崎妙法」(京都市左京区松ヶ崎・西山及び東山。20時05分点火)
「舟形万灯籠」(京都市北区西賀茂・船山。20時10分点火)
「左大文字」(京都市北区大北山・左大文字山。20時15分点火)
「鳥居形松明」(京都市右京区嵯峨鳥居本・曼陀羅山。20時20分点火)
以上の五山で炎が上がり、
お精霊(しょらい)さんと呼ばれる死者の霊をあの世へ送り届けるとされる。


お盆も今日で終わりです。

また、日常が帰ってくるように思えます。


点火時の大文字、左側の青い点は、ドローンのようです。

煙がすごい!


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火床をアップで見ると多くの人がいるのがわかります。


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火が消えると、残ったたきぎを皆さんがそれぞれ持って帰ります。

この炭火をわざわざ得るために山に登ってくる人もいます。

家に持ち帰って、厄除けとします。


この山は一般に大文字山と呼ばれていますが、

本当は東山三十六峰のひとつ「如意が嶽」(にょいがだけ)です。


 最後になりましたが、残暑お見舞い申し上げます!





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六道の辻 六道珍皇寺 [京都の風物]

六道の辻と呼ばれる位置にある六道珍皇寺にやってきた。

六道珍皇寺(ろくどうちんのうじ)は、京都市東山区にある臨済宗建仁寺派の寺院。

山号は大椿山。本尊は薬師如来。


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8月7日 - 10日の「六道詣り」、小野篁が冥界に通ったと伝わる井戸で知られる。

通称「六道さん」。この付近が「六道の辻」であるとされる。


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創建は延暦年間とされ、開基は、奈良の大安寺の住持で弘法大師の師にあたる慶俊とされる。

異説もたくさんあり、何が本当なのかは不明。


紅い門の前には、石碑が有り、なにやら書いてある。

が、私には、よくよく見ないと読めない。

書道の碑ならともかく、書くなら、誰でも読める文字で書いて欲しいものである。


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謡曲 熊野からの引用らしい。

が、この「熊野」は「ゆや」と読むらしい。

能を代表する曲の一つと言われている。

碑の文を調べてみると

「愛宕の寺もうち過ぎぬ六道の辻とかや
げに恐ろしやこの道はめい土にかふなるものを」

(愛宕の寺も打ち過ぎぬ、六道の辻とかや
げに恐ろしや此道は、冥途に通ふなるものを)

となるようだ。

六道の辻は、げに恐ろしき場所なのだ。

現に今でも、この五条坂の東山には鳥辺野墓地が有り、

西本願寺の大谷墓地が有り、東本願寺の納骨堂があり、

京都市の火葬場までがある。

ここから東は、死者の世界である。

その昔、都人は死者が出ると、ここ六道の辻で葬儀をして鳥辺野に葬った。

現世と死者の国との境目が六道の辻なのだ。


さて、六道珍皇寺に話は、戻りますが


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境内には、薬師堂


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迎鐘堂


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この鐘楼は、ちょっと変わっていて、鐘は見えない。

外から鐘突き棒で鐘を突き、音だけを聞くだけである。


閻魔・篁堂


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この寺と縁がが深いのが


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小野篁(たかむら)である。

webの資料によれば

「小野 篁延暦21年(802年) - 仁寿2年12月22日(853年2月3日))は、平安時代前期の公卿・文人。

参議・小野岑守の長男。官位は従三位・参議。

異名は野相公、野宰相、その反骨精神から野狂とも称された。

小倉百人一首では参議篁(さんぎたかむら)。

身長六尺二寸(約188cm)の巨漢でもあった。


逸話と伝説
篁は昼間は朝廷で官吏を、夜間は冥府において閻魔大王のもとで裁判の補佐をしていたという伝説が

『江談抄』、『今昔物語集』、『元亨釈書』といった平安時代末期から鎌倉時代にかけての書籍に紹介され、

後世の『本朝列仙伝』(田中玄順・編、1867年・刊)など多くの書籍に引用されている。

『江談抄』では三の三十九において、藤原高藤が急死した際、

閻魔庁の篁によって冥土からの生還を果たしたことが記されている。


『今昔物語集』巻第20第45話「小野篁、情に依り西三条の大臣を助くる語(小野篁依情助西三条大臣語)」によると、

病死して閻魔庁に引据えられた藤原良相が篁の執成しによって蘇生したという逸話がある。
『元亨釈書』 では、巻の九にある矢田寺(金剛山寺)の滿米(満米)上人の項において、

篁が閻魔大王に菩薩戒を授ける人物として上人を紹介する。

この物語は「矢田地蔵縁起」として描かれ、京都矢田寺(重要文化財指定、京都国立博物館寄託)、

奈良矢田寺(非公開)、奈良国立博物館、根津美術館などに残されている。

この伝説に基づき、京都矢田寺の梵鐘を「送り鐘」と称して六道珍皇寺の「迎え鐘」と対の存在としている。


冥府との往還には井戸を使い、

その井戸は、京都東山の六道珍皇寺(死の六道、入口)と

京都嵯峨の福正寺(生の六道、出口、明治期に廃寺)にあったとされる。

また近年六道珍皇寺旧境内から井戸が発見され、

六道珍皇寺ではこの井戸を「黄泉がえりの井戸」と呼称している。

六道珍皇寺の閻魔堂には、篁作と言われる閻魔大王と篁の木像が並んで安置されている。


京都市北区にある篁のものと伝えられる墓の隣には、紫式部のものと言われる墓があるが、

これは愛欲を描いた咎で地獄に落とされた式部を、篁が閻魔大王にとりなしたという伝説に基づくものである。


『江談抄』の藤原高藤蘇生譚(上記参照)の前段(三の三十八)において、

篁は悪ふざけで高藤を百鬼夜行と遭遇させた伝説が語られている。


嵯峨天皇が「無悪善」という落書きを読めと篁に命じたが、篁はなかなか応じようとはしない。

さらに天皇が強要したところ、

篁は「悪さが(嵯峨)無くば、善けん」(「嵯峨天皇がいなければ良いのに」の意)と読んだ。

天皇は、これが読めたのは篁自身が書いたからに違いないと非難し、

篁は「どんな文章でも読めます」と弁明したため、

では「子子子子子子子子子子子子」を読めと言ったところ、

篁は「猫の子の子猫、獅子の子の子獅子」と読み解き事なきを得た(『宇治拾遺物語』巻三「小野篁広才事」)。


『江談抄』三の四十二にも類話が見えるが、

こちらでは「一伏三仰不来待書暗降雨恋筒寝」を

「月夜には来ぬ人待たるかき曇り雨も降らなん恋つつも寝ん」と読み解く。


『白氏文集』が御所に秘蔵されていた頃、

嵯峨天皇が戯れに白居易の詩の一文字を変えて篁に示したところ、

篁は改変したその一文字のみを添削して返したという(『江談抄』四の五)。」

とある。


今なお、本堂背後の庭内には、篁が冥土へ通うのに使ったという井戸があり、

近年旧境内地より冥土から帰るのに使った「黄泉がえりの井戸」が発見された。

そばには篁の念持仏を祀った竹林大明神の小祠がある。


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六道珍皇寺の正面には、碑が建っている。


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それを回り込むようにして、本堂に至る。


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その本堂の右手には、


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こんな扉が有り、扉の桟の間だから「冥土通いの井戸」が見れるようになっている。

中には入れない!


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そんなバカなと思うのであるが、伝説なので角を立ててもしょうがない!

が、小野篁の歌は、素晴らしい。

百人一首にも、取り上げられていて、皆さんもおなじみの歌である。


参議篁(小野篁)(百人一首より)
 小野篁は詩人や歌人などとして有名です。
「わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 人には告げよ 海人の釣舟」


というわけで、この歌をもって、今日のブログは終わりとします。



 


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六波羅蜜寺 [京都の風物]

京に住み始めて半世紀以上になるが、これまで行ったことのない場所に出かけてみた。


場所は、五条坂より北側、鴨川より東側、東大路通りより西側、四条通りより南側の区域。

平安の昔、この地帯は,現世と他界の境目とされたところである。

この地域から東側は、「鳥辺野」と呼ばれて火葬場と墓地の地域で、

平安時代以来の墓所として、北の蓮台野、西の化野とともに京都の三大墳墓地をなしている。

そんな場所の一角に六波羅蜜寺があるのだ。


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六波羅蜜寺 (ろくはらみつじ)は、京都府京都市東山区にある真言宗智山派の寺院である。

山号は補陀洛山。本尊は十一面観音。開基(創建)は空也。西国三十三所第17番札所。


踊り念仏で知られる市聖(いちひじり)空也(くうや)が平安時代中期の天暦5年(951年)に

造立した十一面観音を本尊とする道場に由来し、当初西光寺と称した。


空也は疫病の蔓延(まんえん)する当時の京都で、

この観音像を車に乗せて引きながら歩き、念仏を唱え、

病人に茶をふるまって多くの人を救ったという。


空也は応和3年(963年)に鴨川岸に僧600名を集めて大規模な大般若経供養会を行った。

当時、鴨川の岸は遺体の捨て場であり、葬送の場であった。


空也の死後、977年に比叡山の僧・中信が中興して天台別院とし、六波羅蜜寺と改称した。


平安末にはこの付近に、六波羅殿と呼ばれた平清盛ら平家一門の屋敷が営まれた。

またのちに鎌倉幕府によって六波羅探題が置かれたのもこの付近である。


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これは平清盛公の塚だそうだ!


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本堂


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「迎鐘」という小さな楼があり、その奥に仏像が並んでいる。


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境内には、絵馬じゃなく、願いを書いた小石が・・・・・・・・


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かと思えば、分けもなく置かれた「なで牛」の像が・・・・・・・


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なんかとりとめもない寺に思えて仕方がなかった。

歴史のある寺社に感じる荘厳さというものを私は、全く感じなかった。

由緒ある寺院なのに不思議である。

本堂が朱塗りだというのも、あまり見かけない寺院である。

で、さっさと帰ることにした。





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知人の作品展を見に出かけた! [京都の風物]

知人の作品展が行われているというので友人と出かけた。

五条大和大路を下ったところにある「あまた」というギャラリーだ。

途中、京都にはあちこちにある路地を発見した。

奥に白雲大明神があるというので、覗いてみる。

路地の突き当たりに祠があった。


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入り口の上には、この路地の中にある家の表札が上がっている。

なるほど、こうしておけば、表通りから知ることが出来た便利だ。


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目的のギャラリーは、というと、これ


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ちょっと意外な感じがした。

入り口には、


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これって本当にギャラリーなの?って感じなのだ。

でも、ポスターは知人の作品である。


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3種の作品を展示しているらしい。

とにかく中に入ってみると、知人の作品も並んでいた。


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作品の素材は、チーク、ケヤキ、シタン、ナラ、アオコクタンだという。

固い木材の色合いを考慮し貼り合わせて作成した作品である。

素材の色をそのまま使ったもので着色はしていないというのは驚きである。


さらに彼は木工作品だけでなく、執筆活動もされている。


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「原風景を歩く」は333ページのハードカバー本である。

北海道以外の全国を日本の原風景をを求めて行脚した記録で、カラー写真入りの作品である。

出版社は、冬至舎。

私もこれを買っています。

さらにホルダーも2個買いました。


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私の思い浮かべるギャラリーとは、はなはだ異なるギャラリーだけど

川上氏の作品は、お気に入りです。


店内は、こんな感じ!


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なんの変哲もない住宅街にこのお店だけが、周囲とは異なる雰囲気を持っていて

時折、ヨーロッパや中近東から来たらしい観光客が入って来ました。





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まさに花の寺?! [京都の風物]

我が家の来客さんを連れて、将軍塚のある青蓮院の青龍院に出かけた。

ここの展望舞台に「ガラスの茶室 光庵」があったので、

それを見せようと思って出かけたのである。


青蓮院は、東山の麓にあるのだが、その山頂に青龍院が作られている。


青蓮院の説明によると

青蓮院門跡(しょうれんいんもんぜき)は、
天台宗総本山比叡山延暦寺の三門跡の一つとして古くより知られ、
現在は天台宗の京都五箇室門跡の一つに数えられています。


青蓮院門跡は、古くより皇室と関わり深く格式の高い門跡寺院とされております。
日本天台宗の祖最澄(伝教大師)が比叡山延暦寺を開くにあたって、
山頂に僧侶の住坊を幾つも作りましたが、
その一つの「青蓮坊」が青蓮院の起源であると云われています。


伝教大師から円仁(えんにん、慈覚大師)、安恵(あんね)、相応等、
延暦寺の法燈を継いだ著名な僧侶の住居となり、東塔の主流をなす坊でした。


平安時代末期に、青蓮坊の第十二代行玄大僧正(藤原師実の子)に
鳥羽法皇が御帰依になって第七王子をその弟子とされ、
院の御所に準じて京都に殿舎を造営して、
青蓮院と改称せしめられたのが門跡寺院としての青蓮院の始まりであり、
行玄が第一世の門主であります。


その後明治に至るまで、門主は殆ど皇族であるか、
五摂家の子弟に限られていました。


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期待していた「ガラスの茶室 光庵」は舞台になかった!!!!

すっかり常設とばかり思っていたか、私の勘違いでした。


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2015年10月に撮影した写真は、下記の通りです。


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少しがっかりしたけど、気を取り直して境内を散策

桜の園だった!


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将軍塚

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風が吹くと花吹雪となった。


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ここから庭園


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まさに花の寺の感がある。

桜が目にまぶしくさえ感じられた。

おかげで、記を取り直した。

来客も喜んでくれた!!!




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嵐山・渡月橋 [京都の風物]

大覚寺から足を伸ばして、嵐山へ出かけた。


まずは、京都嵐山オルゴール博物館のカフェで

遅い昼食をして、渡月橋へ。


この博物館では、その貴重なギド・リュージュのオルゴールコレクションを継承し、
コレクション数約2,000点の中からヨーロッパの貴重な歴史的文化遺産とも云うべき
作品も含めた約150点を厳選し、常時、展示・演奏して います。


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渡月橋は、桂川左岸(北側)と、中州である中ノ島公園の間に架かる橋で、
橋長155m、幅11m、車道は2車線で、両側に一段高くした歩道がある。

観光名所である。


承和年間(834年 - 848年)に僧、道昌が架橋したのが始まりとされ、
現在の位置には後年に角倉了以が架けたとされる。


亀山上皇が、橋の上空を移動していく月を眺めて
「くまなき月の渡るに似る」と感想を述べたことから渡月橋と名付けられた。


観光パンフレットなどにはこの橋が写り込んだ写真が多用されるほか、
映画やテレビドラマの撮影で多用されていることもあり、
観光地としての嵐山を象徴する建造物ともなっている。


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また、この桂川の上流は、保津峡があり、保津川下りの終着地でもある。

近くの多くの寺社があり、瀬戸内寂聴さんの寺、曼陀羅山 寂庵(まんだらさん じゃくあん)もある。


近くの小倉山は。歌でも有名!


小倉山 峰のもみぢ葉 心あらば
     今ひとたびの みゆき待たなむ

                       貞信公 『拾遺集』雑集


嵐山のメイン通りは、外国からの観光客も沢山来ていて、賑やかだった。





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大覚寺拝観 [京都の風物]

暑いくらいの陽気に誘われて、久し振りに

嵯峨野・大覚寺へ出かけた。


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途中の広沢の池の周りは、桜が満開であるが、

池の水は、まだ張られていなかった。

観音島に立ち寄り、風致地区である嵯峨野の田園風景の中を走り

竹林を抜けて、大覚寺へと向かう。


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大覚寺は

弘法大師空海を宗祖と仰ぐ真言宗大覚寺派の本山。
 正式には旧嵯峨御所大本山大覚寺と称し、嵯峨御所とも呼ばれる。


 平安初期、嵯峨天皇が檀林皇后とのご成婚の新室である離宮を建立されたが、

これが大覚寺の前身・離宮嵯峨院である。


嵯峨院が大覚寺となったのは、

皇孫である恒寂入道親王を開山として開創した貞観18年(876年)である。
 弘法大師空海のすすめにより嵯峨天皇が浄書された般若心経が勅封(60年に1度の開封)として

奉安され、般若心経写経の根本道場として知られる。

ちょうど今年がその60年目に当たり、10月1日から11月30日までの間、開封され

一般公開される。


 明治時代初頭まで、代々天皇もしくは皇統の方が門跡(住職)を務めた格式高い門跡寺院である。

いけばな発祥の花の寺でもあり、「いけばな嵯峨御流」の総司所(家元)でもある。

時代劇・各種ドラマのロケ地としても有名である。


まずは庭の方から入った。

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望雲亭の傍に広がる池は、大沢池

中国の洞庭湖を模して作った人造湖である。

中秋の名月の頃には、船を浮かべて観月の催し物が今も行われている。


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ロケによく使われる場所


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紅い塔は、心経宝塔(しんぎょうほうとう)


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ここもよく時代劇に出てくる池の中の道


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庭を一回りして伽藍の拝観へ向かう。


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勅使門


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こんな部屋で生活してみたいものである。


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絵馬ではなくて・・・・・・


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五大堂(本堂)露台からの眺め


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ここも多くの観光客が来ていたよ。


由緒ある寺院にくると、心が癒やされる思いがする。

私は日本人だという自覚が芽生えるから不思議である。

のどかな春のひとときを楽しめました。






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