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故郷の山河-10 [故郷]

再び内成の棚田訪問


田植えの季節に訪れた別府の内成地区に実りの季節に

再び訪れてみた。

私の知る限りでは、京都や滋賀では、9月に入ると

稲刈りが始まり、10月では、田んぼに稲穂が見られない。

しかし、九州の故郷では、10月に入って初めて稲刈りが始まる。

この差は、どうゆう理由なのかわからない。

が、とにかく10月は故郷では稲穂の波打つ季節なのです。

早朝、朝日が昇る頃、内成へ出かけた。


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朝日を受けて、稲が輝いて見えた。


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太郎丸の直売所にご近所さんが商品を持ってきた。

手に提げているのは、熟れきったアケビがナイロン袋に4個で100円!


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妻は、せっかくだから何か買ってあげようというのでアケビを買った。

1個500円はすると思われるのに、安い!!!


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ところが妻は、買ってみたものの食べ方がわからないという。

実ごとぱっくり食べて、種だけを吹き出したら良いのだが、妻は信じない。

で、また道であったご婦人に食べ方を聞いている。

ところが、このご婦人がご親切にもキュウリとかぼすを家から持ってきて

私達にサービスしてくれた。

ありがたい事です。


道路沿いにフジバカマが育てられていて、

「アサギマダラがきますヨ」と看板に書いてあった。


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棚田の道をのんびりと走っていると


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なにやら粋な案山子


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お地蔵さん?


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吾亦紅



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彼岸花


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             (名前知りません)


内成の棚田を惜しみながら、やまなみハイウェイへ向かう!


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棚田の中で川面が輝いていた!






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宇治の棚田へ [風景]

雨の日が続いて、久し振りに晴れるというので、

刈り入れ前の棚田を眺めたくて出かけた。

場所は宇治市笠取!

偶然グーグルの地図で発見した山間の棚田である。

宇治の炭山工芸村を通り越して、笠取山を目指す。

市立笠取小学校の所からさらに山道に入る。

車1台が通れるだけの狭い山道。

対向車が来たら大変だ。

限りなく360度に近いヘアピンカーブが続く。

登り詰めた頃、突然神社が現れた。

東笠取清龍宮って書いてある。


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なんでこんな所に神社なのかは不明。

二人ずれの歩行者に出会った。

このみちはトレッキングコースになっているらしい。

ここからは、ひたすら下り坂。やがて忽然と棚田と人家が見えてきた。

ここが目指す平出、


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さらに下って「谷の奥」へいく。

刈り入れの最中の稲田もあった。


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台風の影響なのか稲が倒れ気味である。

そういえば、ここに来る途中あちこちで杉の木が根っこから倒れている所もあった。

彼岸花が彩りを添えていた。


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路傍のお地蔵さん


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懐かしさが蘇る田園風景である。

最近過疎化が進み、棚田姿を消しつつあるが、本当に悲しい。

「農業は芸術」だと思うのだが。


帰り道、台風で痛んだ杉山を見た。

こうゆう姿を見るにつけ、あまりにも植えすぎた杉の対策と

農地を荒らす鹿とイノシシの抜本的対策を国は本腰を入れて欲しいと思う。

今、日本の田園では、どこでも鹿・イノシシ対策の柵を張り巡らせていて

かっての田園風景を台無しにしてしまっているように思う。



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美しい棚田の風景を眺めながらも、単純に喜べないものがある。

なにやら考えさせられる棚田紀行となった。






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故郷の山河-9 [故郷]

神楽女湖と志高湖


別府市の市街地から車で20分ほど山手に入ると志高湖へ行ける。

内成の棚田に行く途中にある。

私の好きな湖である。


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春は、カズミザクラが咲き乱れ、湖はボートで遊覧できる。

白鳥と鯉が湖水を泳いでいる。

湖を歩い30分ほどで一周出来るので、散歩は打って付けである。

キャンプ場も完備されている。


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以前はカズミザクラは九州では、対馬しかないと云われていたが、この地にも生息している。

九州本土では、ここだけなのだ。


駐車場から湖に行く道には、アジサイが咲いていた。


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船着き場の近くでは、ご婦人のグループが輪になって楽しそう話し声が聞こえるが・・・・

子供をこんな所に置いたままとは、どういうこっちゃい!


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白鳥が見るに見かねて、子守に出かけた。


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本当にもう困った親である。(笑)


芝に座って、のんびりと湖を眺めた後は

近くにあるもう一つの湖である神楽女湖へと向かう。


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もう菖蒲は終わりですよと係の人に言われたけど、見ることにした。


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ここに住んでいたという神楽女の神社は、鶴見岳の山頂にあるのだ。

今では、山頂までケーブルで行ける。

山頂からは、別府湾が一望できる。

今回は、天気が悪くて、鶴見岳が見えなかったが、天気が良ければ、

2月に撮影した写真が下の写真のようにはっきり見える。


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散策していたら雨が降ってきた!!!!


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眺めていたら、なんか気持ち悪い感じの花もあった。


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傘がないので、引き上げるしかない。


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ずぶ濡れになった!








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故郷の山河-8 [故郷]

別府市 内成の棚田


別府と言えば一般的には温泉と地獄巡りで有名ですが、その別府市の西の外れの

山間部に内成という地域があります。

そこには、日本の棚田100選に加えられている棚田があります。

別府市街地からだと、国道10号線から富士見通りに入り、山手に向かって走る。

目標は、大分自動車道別府インター方面へ登り詰めたTの字交差点を湯布院方面に向かう。

志高湖の看板のある東山交差点を左折、志高湖の入り口を右折して、リンゴ園に向かう。

リンゴ園から「別府の森ゴルフクラブ」の中の道路を通り抜けて進むと

「きのこの里」というログハウスの宿泊施設がある。

ここは温泉もある。夜空もきれい!キャンプも出来る!いいところ!

そこを左折して、山道を進むと目的の内成の棚田が見えてくる。

別府から車で約30分で行けるのだ。


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それでは内成地区に行ってみよう。

内成に入る前は、こんな感じの谷間を走る。


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山の中の坂道をどんどん登っていくと


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上記案内版で云えば、案内地図の下部の「かいがけ」、岩水、梶原から「太郎丸」に向かう。


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急勾配の道が続く


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太郎丸に碑が建っていた。


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来し方を振り返る


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月見台という展望台へ向かう。


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この月見台に行くのに死ぬかと思った。

何しろ、道が狭い!

展望台に地元の人がいて、「大丈夫だから来い」と大きく手招きをしてくれるのだが

道は坂道で、左側(山手)は、用水路、右は何もない土手、タイヤはぎりぎり!

おっかなびっくりで時速10km以下でソロソロ亀さんなみ。

もしも踏みはずしたら、谷間に転げ落ちるか、用水路にはまって身動きできなくなるのだ。

うっかり入った道だけど、バックして帰るのは、展望台に行くより不可能な気がした。

地元の方は、熱心に手招きするので、もう行くしかない!

展望台にたどり着き、地元の人の笑顔に触れて、救われた気がした。

展望台は、少し広くて、車を回すだけのスペースがあった。


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正面の集落が、碑のあった太郎丸地域!

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太郎丸集落のズームアップ


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確かに展望台からの眺めは、最高である。

が、車で二度とこの展望台には行きたくない。手前の道で、車を降りて歩くに限ります!!!


お勧めお宿

きのこの里





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故郷の山河-7 [故郷]

愛の園生(あいのそのう)

朝倉文夫記念公園


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朝倉文夫記念公園は、田園風景の続く山奥にある。

こんな山奥に本当にそのようなものがあるのだろうかと疑いたくなるのであるが

この標識に出合、一安心。


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公園は、よく整備されていて、あちこちに芸術家達の作品が設置されている。

でも、これらは、朝倉文夫の作品ではありません。


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朝倉文夫の作品は、こちら記念館野中にあります。

山の斜面沿って伸びた建物は、三層構造になっている。




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朝倉 文夫 Asakura Fumio (1883~1964)

明治16年3月1日、上井田村(現朝地町)池在に渡辺要蔵の三男として生まれました。

9歳のとき養子として朝倉宗家を継ぎ、尋常小学校を卒業。19歳のとき旧制竹田中学校を中退して上京しました。

明治36年、東京美術学校彫刻選科に入学。在学中に1200点もの作品を制作し、明治40年、首席で卒業。

その後は彫刻界の重鎮として活躍。

大正8年に帝展審査員となったのを皮切りに、同10年に東京美術学校教授、同13年に帝国美術院会員となり、

昭和23年には文化勲章を授与されています。

その間、「墓守」など数多くの傑作を生み、驚異的な質と量の作品を残し

「自然主義的写実主義」といわれる作風を確立しました。

朝倉文夫は晩年、自身の作風を確立するうえで大きな影響を受けたふるさとの美しい自然の中に作品を展示保存

することに情熱を注ぎ、昭和36(1961)年、生家周辺に梅園と記念館を配した理想的な芸術鑑賞空間の建設を

計画します。

そして、その芸術鑑賞空間の名前を「愛の園生」(あいのそのう)と名づけ、自費を投じて用地の購入、

造成など事業に取りかかりましたが、昭和39(1964)年にこころざし半ばにして亡くなりました。

建設計画は中断し、購入済みの用地は当時の朝地町に寄贈されました。
  昭和48(1973)年、朝地町は朝倉の遺志を受け継ぐとともに、

その業績を顕彰するため記念館の建設を計画しました。ところが、

折からのオイルショックの経済不況により計画は中断を余儀なくされました。

しかし、町は将来計画が再開することを前提に、梅園の造成や朝倉作品の収集を行います。
 昭和61(1986)年にそれまで中断していた記念館の建設計画を再開。

設計は朝倉の教え子であった清家 清氏、造園設計は彫刻家の澄川喜一氏、展示設計は娘の朝倉 摂氏が

それぞれ担当。

こうして「愛の園生 朝倉文夫記念公園」は平成3(1991)年3月28日に開園しました。
  朝倉の夢は、計画以来30年を経て、ゆかりの方々や多くの人々の協力を得てやっと実現したのです。


朝倉文夫記念館
所在地: 〒879-6224 大分県豊後大野市朝地町池田1587-11
電話: 0974-72-1300



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帰り道の田園風景、ここでも棚田が広がっていた。





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夕焼け [風景]

久し振りに夕焼け空が広がった。

台風20号の前触れの雲が焼けているのだろうか?

時折強い風も吹いてくる。

空だけでなく、辺り一面が赤く輝いている。

最近なかった夕暮れ時の風景である。


吉田山の夕焼け

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大文字山の上にも

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夕焼け空を眺めていると、なぜだか郷愁にのような気分に包まれる。

「山の彼方の 空遠く」ではないが、心が空に解き放たれるような気がするのだ。



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大文字 [京都の風物]

大文字-五山の送り火


8月16日午後8時に五山の送り火の先頭を切って「大文字」が点火された。

送り火は、この大文字の点火の後、5分おきに西に向かって次々と

送り火が点火されて、京の夜空を照らします。


京の夏の夜空を焦がす京都の名物行事・伝統行事。
葵祭・祇園祭・時代祭とともに京都四大行事の一つとされる。
「大文字」(京都市左京区浄土寺・大文字山(如意ヶ嶽)。20時00分点火)
「松ヶ崎妙法」(京都市左京区松ヶ崎・西山及び東山。20時05分点火)
「舟形万灯籠」(京都市北区西賀茂・船山。20時10分点火)
「左大文字」(京都市北区大北山・左大文字山。20時15分点火)
「鳥居形松明」(京都市右京区嵯峨鳥居本・曼陀羅山。20時20分点火)
以上の五山で炎が上がり、
お精霊(しょらい)さんと呼ばれる死者の霊をあの世へ送り届けるとされる。


お盆も今日で終わりです。

また、日常が帰ってくるように思えます。


点火時の大文字、左側の青い点は、ドローンのようです。

煙がすごい!


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火床をアップで見ると多くの人がいるのがわかります。


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火が消えると、残ったたきぎを皆さんがそれぞれ持って帰ります。

この炭火をわざわざ得るために山に登ってくる人もいます。

家に持ち帰って、厄除けとします。


この山は一般に大文字山と呼ばれていますが、

本当は東山三十六峰のひとつ「如意が嶽」(にょいがだけ)です。


 最後になりましたが、残暑お見舞い申し上げます!





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故郷の山河-6 [故郷]

生家の近所散策


私の生家は、典型的な山深い山村です。

昔から路線バスもない山間の集落にありました。

それでも、村の中心部に近く、小学校や役場、郵便局、駐在所

そして酒屋さん、雑貨屋さんも、わりに近くにありました。

小学校の同級生は、約3kmもの山道を通ってくる者もいました。

雨の日も、雪の日も、台風がきても、通っていました。

現在の町の小学生には考えられないような有り様でした。

けれども、風光明媚な山村でした。

平地がないので、小学校は山の頂上を削って建てられていました。

校庭からは、谷間に連なる棚田と集落、そして雑木林が眺められた。

いまは、その小学校も廃校となり、ソーラーが設置されています。


昔を懐かしみながらの散策です。

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耕して天に至るという表現がありますが、ここからの眺めは、

耕して谷間に下るという感じです。


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下の画面の中央あたりに青く見えるのは、川面です。


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野辺には、ダリアの花が咲いていました。

花畑ではなく道辺です。自然に咲いたのでしょう。


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川辺にわずかにある平地は、みんな水田、

その真ん中に神社がありました。


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昔は、秋には、お祭りで神楽が奉納されていました。


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小学生時代よく水遊びに友達と夏休みにはやってきた緒方川


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石橋も有り、釣り人がいました。


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川から自宅へ帰る道は、長い坂道を歩かなければなりませんでした。



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水田には、サギが遊んでいました。

子供の頃には、見かけない風景です。

昔は、サギも来ない(笑)山奥でした。


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お城のような屋根構えの民家です。


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庭には、タチアオイが咲いていました。


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振り返れば棚田!


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道ばたに、トラックターが、昼寝


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猫も散策中


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人恋しそうに寄ってきました。

というか「おまえ誰や!」って感じだったけど・・・・・・


静かな、静かな故郷です。






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故郷の山河-5 [故郷]

軸丸の棚田


道の駅「原尻の滝」から車で10分ほどの山手に入っていくと軸丸という地域に至る。

ここは、日本の棚田100選の一つに選ばれた緒方町軸丸の棚田にあえる。


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美しい棚田であるだけでなく、採れるお米も美味しいのだ。


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この地域は、水路が作られるまでは、稲作が出来ずに厳しい生活を強いられていたという。

また、ここには神楽座があり、農家の人たちが今日に伝えている。

私が子供の頃は「軸丸神楽」と呼んでいたが、いまは緒方神楽と呼んでるようだ。

御嶽流の神楽である。

棚田の尽きる高台には、地蔵さんが、草花に囲まれて静かに鎮座していた。


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帰り道、偶然に田の草取りに励んでいる人を見かけた。

声をかけると愛想良く応えてくれた。

それで、なんだか私も故郷に帰った気分が高まった。



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超のどかな田園地域である。





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故郷の山河-4 [故郷]

轟橋(とどろばし)と出会橋(であいばし)


日本一という橋を目指して出かけた。

原尻の滝の道、県道7号線を南にひたすら走り、国道410号線に入る。

国道といっても、道幅は狭くて、対向車があると、離合するのが大変である。

曲がりくねった人家も見当たらない山道をどんどん上っていく。


両側が杉林の薄暗い場所を抜けると、忽然と神社と民家が目に入る。

古びた神社と豪華な一軒家である。

私も田舎育ちだけど、こんな風景は初めてである。

横溝正史の小説の世界に迷い込んだような気になった。

近くに人の気配はない。


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よくよく眺めていたら、山中酒店という看板が出ていた。

ガラス戸の中をみると、日本酒の一升瓶が並んでいる。

酒の小売屋さんであることは、間違いないようだ。

だけど、近くに他の民家もないこんな場所に、酒を買う人が来るのだろうかと思う。


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石碑が建っていた。

愛媛県に生まれたご先祖様が、大正元年にここへ住み着き

製材運送業を始めて財をなし、地域の教育事業をしたと書いてある。

昔は、ここでは製材運搬業が栄えた所らしい。


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でも、いまはすっかり廃れてしまっているのだ。

さらに進んでいくと朽ち果てた一軒家!


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やがて案内版を発見!


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書いてあることが粋なのだが、そばには小さな石の鳥居が壊れたようなものが・・・・・

なんか、めちゃわびしくなった。

それでも、めげずに狭い山道を下る。


目の前が開けて、集落が現れた。

目指す橋は、そこにあった。


橋の麓に橋の説明板があった。


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石橋としてはアーチ直径が日本1位の轟(とどろ)橋、同2位の出会橋が同じ川の上に、

しかもすぐそばに並んで架かる、隠れた絶景スポットらしい。

ちなみに出会橋は、平石地区・轟地区間の重要な交通路として、

なんと旧清川村平石・轟地区の住民の手によって架けられたもの。

大正13年完成。

一方、轟橋は、木材を搬出するトロッコ列車のためにつくられた橋で昭和9年完成とのこと。


出会い橋から見た轟橋

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轟橋からみた出合橋


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川の水は、すごくきれいである。

ここも原尻の滝と同じで阿蘇の火砕流で出来た大地で柱状節理が見られる。


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我が故郷は、阿蘇山の火砕流と火山灰でできた大地の上なのだ!



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