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夫婦の愛は [心の風景]

2016年7月29日

偶然だが、ある論文を読む機会を得た。
タイトルは、「夫婦の愛情と個別化志向からみた夫婦関係-中高年期夫婦を対象に-」というものである。
この論文は、文京学院大学人間学部研究紀要Vol.14, pp.1 ~ 13, 2013.3(研究者 伊藤裕子・相良順子さん)に
発表されたものであるが
この調査の結果次のことが判明したという。
 
「本研究は,中高年期の夫婦を対象に,個別化志向と夫婦の愛情の2 軸による4 型の夫婦関係にどのような違いがみられるかを検討した.40 代から70 代の配偶者のいる男女888 名を対象に,夫婦の相互性,関係満足度,離婚の意思,低勢力認知,分業観,精神的健康が尋ねられた.
対象者は,愛情が高く個別化志向の強い自立型,愛情は高いが個別化志向の弱い共同型,愛情・個別化志向とも低い規範型,愛情は低く個別化志向の高い脱結婚型に分類された.その結果,自立型と共同型は多くの点で共通し,夫婦関係の良好さ,ならびに精神的・身体的健康の高さが見い出された.それらを規定しているのは夫婦間の愛情だった.なお,この両型を異ならせているのは性別役割分業観だった.一方,愛情が少ない点で共通する規範型と脱結婚型は,前者はまだ夫婦関係を形として保っているものの,後者は良好でない夫婦間の摩擦を避けるために個別化を志向していると考えられた.これまで指摘されてきた個別化(個人化)を志向する者における夫婦関係の非良好性は,自立型と脱結婚型が混在したために生じたものだといえよう.」

 この論文で、最も印象的だったのは、「規範型」と「脱離婚型」の夫婦には、健康状態が悪いという有意差が
認められたと言うことである。
すなわち、夫婦関係が悪いことが健康にも現れているというのである。
逆に愛情のあふれた夫婦は、若々しく見えると言われているが、意外と正しい判断かも知れない。
もう一つ、びっくりしたのは、調査対象の「50 代の女性では,夫と一緒の墓に入ることを望まず,
別室で就寝する者が2 ~ 3 割に上るという」というから驚きである。
そんならなんで結婚したんだと思わず言いたくなるのであるが、
そのような人でも結婚するときは、熱いものがあったはずだと思うのは、私だけだろうか?
この論文からも感じるのであるが、夫婦円満のバロメーターは、一言で言えば、
夫婦相互の日常会話の量ではかれるのではないかということである。

ある人が「夫婦円満の秘訣ベスト10」というものを発表してるが、それによると
1位 会話
2位 思いやり
3位 感謝すること
4位 おいしい食事
5位 干渉しすぎない
6位 相手を尊敬・尊重する
7位 セックス
8位 スキンシップ
9位 たまに喧嘩をする
10位 ペットを飼う(但し依存してしまえば逆効果)
だそうだ。

ここでも会話が一番に来ている。
しかし、これらは夫婦生活を円満にするノウハウかも知れないが、
そこに愛情というものが基本になければ、仮面の夫婦ということになるのではないだろうか?
この愛情についてですが、愛情は「あるもの」と思い込んでいる人がいるように思う。
愛情が「あるもの」と思い込んで夫婦生活に入る人は、破綻するケースが多いのではないかと思う。

私は愛情は「あるもの」「与えられるもの」というものではなく
それは「生まれるもの」「創るもの」であると思う者の一人である。
愛情は、ある人に出会うことによって生まれ、そしてその人と共に育てていくものであるといことを
間違えるといつか破綻するのである。
それ故に愛情がある夫婦がいつの間にか破綻し離婚することになり、
愛とは関係なく政略結婚などで結婚した夫婦が愛を育てて、
愛情あふれる夫婦として添い遂げる場合も出てくるのだ。

では、愛とは何を温床にして生まれるのであろうか?
それは自己存在の意味と深く結びついていると思う。
すなわちその人の人生観なり、生き方を温床にしてると思う。

人はそれぞれ違う。まったく同じ人間などいるはずがない。
が、人生観や生き方は、その人の存在そのもので有り、それは共有することは出来るのある。
この共有こそ、愛の正体ではないかと思う。

その論拠の一つとして、二人のシンガーソングライターの歌を示したいと思う。

一つは、南こうせつ氏の「赤ちょうちん」
https://www.youtube.com/watch?v=kLoHLh56z5k

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愛する人と別れたとき彼女が感じたことは
「生きてることは、ただそれだけで哀しいことだと知りました」と言うことである。

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一方、松山千春氏の「炎」
https://www.youtube.com/watch?v=JbcJxZITB5M

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愛する人を得た彼女は
「貴方にめぐり逢えて、悔いなどないわ、生まれてきたことさえ、幸せと思う」のだ。

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この二人に共通するのは、なにか?
それは自己存在の評価です。
このことは、自分の存在価値を特別に相手が愛おしく認めてくれているかどうか、
特別な人として自分を必要としてるかどうかということであろう。
自分と同じ人生観や生き方を共有できる人から、生きていく上で必要とされているということは、
人として最高の人生を得たといえるのではないだろうか!


追憶 [心の風景]

2016年7月9日 

机の整理をしていたら、引き出しの奥から旧い手帳が出てきた。
昔々の手帳である。
パラパラとめくって眺めていたら、
歌詞が書かれていたページがあった。

眺めていると
とっくに忘れていた歌声が一瞬にして蘇ってきた。
「追憶」という歌である。
その歌を歌っていた若者の姿までが蘇ってきた。

それは、祇園祭も終わった8月の蒸し暑い夕暮れどき
京都三条大橋のたもとで、青年がギターを弾きながら
一人で歌っていた。
足下に置かれたギターのケースには、
幾ばくかのお金が放り込まれていた。
立ち止まって聴く人もいない。

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が、私は立ち止まってしまった。
彼の歌が私の後ろ髪を引いたのだ。
自分の心の奥底まで呼びかけているような気がした。
で、彼の歌の入ったテープまで買ってしまった。

今、そのテープがどこにあるのか思い出せないが
捨てたわけじゃないので、私の部屋のどこかに眠っているはずだ。
私は、この出会いを機に、なんどか彼のライブに参加した。

小さなライブハウスの30人ほどの聴衆の一人だった。
しばらくして、彼からハガキをもらった。
有限会社を設立したこと、住所兼事務所の案内が記されていて
京都だけではなく、大阪神戸でも演奏が出来るようになったと
書かれていた。
シンガーソングライターとして成功の道を歩み出したのだと思った。

あれから何十年という時が流れてしまった。
今、あの青年は、どんな人生を歩んでいるのだろうか?
名前さえ忘れてしまっているが、気になってきた。
私の中では、彼の名前は、忘れ去られてしまったが
この歌だけは、今も鮮やかに蘇ってくるのだ。

下記の歌詞は、私が彼から買ったテープから書き出したのもである。

------------------------
      追憶

  すててしまった夢がある
  すてなきゃいけない夢がある
  すてちゃいけない夢がある
  どうしても捨てられない夢がある

  夕暮れの水辺に
  腰を下ろせば
  あふれる涙でにじむ水鳥

  すてなくちゃいけない人がいる
  どうしても捨てられない女がいる

  やり過ごしてしまった思いがある
  やり過ごさなくちゃいけない思いがある
  やり過ごしちゃいけない思いがある
  どうしてもやり過ごせない思いがある

  ふるさとのなよ風に
  抱かれてみたいけど
  思いは遙か遠く
  西の彼方へ

  やり過ごさなくちゃいけない人がいる
  どうしてもやり過ごせない女がいる

  夜空に瞬く
  星を訪ねて
  明日の空模様教えてもらおうか

  忘れなくちゃいけない人がいる
  どうしても忘れられない女がいる。

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-------------------

今も彼はこの歌を歌っているのだろうか?
もし、彼が私のこのブログを見ることがあったら
是非連絡をして欲しいと思う。

そして、
どうしても捨てられないもの、
どうしても忘れられないものについて
お互いに語り合いたいものである。
そこからまた、何かが生まれてくるような気がする。

今年もまた、京都に暑い夏の日が訪れてきた。


夜の闇の中で [ぶらり生活]

2016年6月30日(木)

どんよりとした日が続いて、気分転換がしたくなった。
で、「別荘」に出かけることにした。

久し振りに走る道は、すっかり夏!
大原で食料を買い込んだ。

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別荘の向かいには、ソーラー基地が出来ていて、発電中?
平日とあって、別荘を訪れている人は、1軒だけだった。

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近くをぶらぶら散歩するも
ご近所さんは、みんなお留守で、深閑としている。

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川には魚!

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花かと思えば新芽のようだ。

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別荘では、ますコーヒーを入れて、読書三昧!
涼しくて、いい気持ちになり、少々昼寝なんぞした。

日が暮れると、さわやかな風が吹き始めた。
昨年、一軒おいてとなりの住民の方が
入り口の川に蛍が沢山出ると聞いていたので、
帰り支度をして、出かけてみた。

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真っ暗な中、遠くに外灯が2,3見えるだけ。
気温は18度、少し寒いくらい。

川の畔では、蛍が5~6匹飛んでいた。
今年初めて見る蛍である。
中には、目の前まで飛んでくる蛍もある。
カメラに収めようとしたが、ダメだった。

うっとりと蛍を眺めていたら、
暗闇の中から{モウ!}って声が聞こえてきてびっくり。
繰り返し「モウ!」である。
そういえば、ここらに牛舎があったことを思いだした。
牛君が挨拶してるんだ。

ところで牛君は、夜目が見えるのだろうか?
てなことを考えながら、車を走らせるのであるが
CDの音楽を聴きながら走っているとなぜか別の音が
同時にスピカーから流れてくる。

確認すると、ブレーキやアクセルの音である。
運転席の下を手で触ると、その音もスピーカーから流れる。
どうゆうこと!?
足下にまるでマイクがあるような感じである。
隠しマイクでも仕掛けられたのか?
なにか不気味!

曲り道でウインカーを出すと、その音までマイクから!
こんな山奥の夜に車が動かなかったら、大変とばかり
エンジンを切ることも出来ずに、走る。
帰りに道、葛川の蛍の名所にも寄り道した。

こちらは、20匹ほどの蛍が群れて飛んでいた。
が、この深い谷間にも、誰もいない!
車の心配も忘れて、蛍の乱舞を満悦した。
肌がひんやりとする。
こちらの蛍は、これからが本番のようである。
来週あたり、もう一度訪れたいと思った。

帰宅して、車のエンジンを切り、再度入れてみたら
雑音がスピーカーに流れなくなったようである。
なんだか狐につままれた気分!!!