So-net無料ブログ作成
検索選択


 訪問ありがとうございます!感謝!

兄弟ブログ『風の詩』もよろしく!

ホームページ『風の友達』もよろしく!

前の10件 | -

バラに囲まれて [花]

2017年5月25日

先週、夏日が続く中、バラが満開と聞き植物園に出かけた。

IMG_1120.JPG

IMG_1133.JPG

園内では、バラ展も行われていた。

IMG_1122.JPG

バラもこんなに多くの種類があるのかと思い知らされた。
まさにバラのてんこ盛りの風景である。
脱帽です。

anne.JPG
                          プリンセス アン

daiana.JPG
                ダイアナ プリンセス オブ ウェールズ

edoga-.doga.JPG
                        エドガー・ドガ

endyumion.JPG
                        エンヂュミオン


furedaiko.JPG
                          フレダイコ 触れ太鼓


henryfonda.JPG

                      ヘンリーフォンダ


herald.JPG

               インターナショナル ヘラルド トリビューン


kibune.JPG

                          貴船


maryrose.JPG

                          メアリーローズ


montana.JPG

                            モンタナ


peizuri-abyi.JPG

                      ペイズリーアビイ


pinkcocktail.JPG

                      ピンクカクテル


princess1.JPG

               プリンセス アレクサンドラ オブ ケント


rendan.JPG

                          連段


turusupekkusu.JPG

         つる スペックス イエロー


ところが写真を撮りながら、この行為が共謀罪に問われる事って
あり得るのだろうかと思った。
なにが共謀罪に該当するかは、警察が決めるのだから
我々庶民にはわかりようがないのだ。
権力者が恣意的に決めることが出来る刑罰法は
乱用・悪用される恐れは十分にあることは歴史が証明している。
そんな法律が23日に衆議院で可決されてしまった。
国民の大多数が、
本当にこのような法律を望んでいるといえるのだろうか?
私は、あの治安維持法とその関連法を思い出し、暗い気分になる。
が、天気は明るく、バラは華やかである。

IMG_1202.JPG


IMG_1176.JPG


バラを堪能して森のカフェに向かう。


IMG_1247.JPG


IMG_1251.JPG


カフェの入り口のは、初めて見るへんな花の列に呆然!
近づいてみると

ekyum.JPG


居合わせて案内人に聞くと「エキュム ウイルド プレッチィー」とい花だそうだ。

一本に約2万個の花がつくという。

原産地は、アフリカ西北にあるスペイン領カナリア諸島にだけ生息する植物だという。

コーヒーを飲みながら、しっかり眺めたよ。

帰り道では、ヒトツバタゴという木があった。

いわゆる「なんじゃもんじゃ」である。

nannzya.JPG


中央広場の花壇では、アグロス テンマの花がさわやかに風に揺れていた。

agurosu.JPG


近くに植物園があるって、本当にうれしいし、なにか心豊かにしてくれる。

ありがたいことだと感謝の念がわいてくる。






庭の花を愛でる [花]

2017年5月10日(水)


自分で入れたコーヒー味わいながら、庭の花を眺めていた。
庭の花たちは、妻が精魂込めて育てている。
僕は、ただ眺めるだけである。
それも時々で・・・・・・

新しい花が咲くと、妻が「気がついたか」と聞く。
「どこに?」と聞くと「もう!」とうなる。
で、立ち上がり、しっかり眺めてやる。
そこには、可憐な花たちが、これ見よがしに咲いている。
花も妻も、けなげなに思えてくる。

ふと、脳裏にマリー・ローランサンの詩が浮かんだ。
最も「哀れなのは死んだ女ではなく、忘れられた女だ」という
彼女の「鎮静剤」という詩の最後の一行である。

マリー・ローランサンと云えば、パステル色の美しい女性の絵で
世界中に知られているが、詩の方は、絵ほど有名ではないようだ。
でも、彼女は詩も書いているのだ。

この最後の一行は、彼女の人生を思うとき、感慨深いものがある。
彼女は22歳で、詩人ギョーム・アポリネールと恋に落ち
やがて二人は別れるが、アポリネールは、彼女を思い続け
38歳の若さで死んでいく。

彼の詩集「アルコール」に収められている「ミラボー橋」で
「日も暮れよ 鐘も鳴れ
 月日は流れ わたしは残る」と歌ったが、
マリーよりさきにこの世を去ったのだ。
この詩は、私も大好きな詩の一つである。

話がそれてしまったが、庭の花を眺めているとマリーの女ではなく
花が、あの一行にオーバーラップする。
最も「哀れなのは、枯れ果てた花ではなく、忘れられた花だ」と思った。
これからは、しっかり花たちとも付き合っていこうと決めた。

abutiron.JPG
                 (アブチロン)


ba-bena.JPG
                    (バーベナ)


ba-bena2.JPG

                   (バーベナ)


hanasuou.JPG

              (ハナズオウ)


pannzi-.JPG

                  (パンジー)

sirann.JPG

                  (シラン)


tatunami.JPG

                 (タツナミソウ)


botan.JPG

                            (ボタン)


ebine.JPG

                          (エビネ)


kiebine.JPG

                           (エビネ)


haibisukasu.JPG

                         (ハイビスカス


IMG_1112.JPG

                             (バラ)


miyamaodamaki.JPG

                           (ミヤマオダマキ)


narukosou.JPG

                        (ナルコソウ)


rabennda-.JPG

                        (ラベンダー


roberia.JPG

                        (ロベリア)


sakurasou.JPG

                         (サクラソウ)


satuki.JPG

                          (サツキ)


turunitinitisou.JPG

                     (ツルニチニチソウ)


tyouzisou.JPG

                         (チョウジソウ)



【追記】


    ミラボー橋 
                 ギョーム・アポリネール
                 堀口大學 訳


 ミラボー橋の下をセーヌ川が流れ
   われらの恋が流れる
   わたしは思い出す

 悩みのあとには楽しみが来ると
   日も暮れよ 鐘も鳴れ
   月日は流れ わたしは残る


 手と手をつなぎ 顔と顔を向け合おう
   こうしていると
   二人の腕の橋の下を
 疲れたまなざしの無窮の時が流れる

   日も暮れよ 鐘も鳴れ
   月日は流れ わたしは残る


 流れる水のように恋もまた死んでゆく
   恋もまた死んでゆく
   命ばかりが長く
 希望ばかりが大きい

   日も暮れよ 鐘も鳴れ
   月日は流れ わたしは残る


 日が去り 月がゆき
   過ぎた時も
   昔の恋も 二度とまた帰ってこない
  ミラボー橋の下をセーヌ川が流れる

   日も暮れよ 鐘も鳴れ
   月日は流れ わたしは残る


植物園を散歩 [ぶらり生活]

陽気に誘われて、今年初めて植物園に出かけてみた。
正門に続く並木にとでは、ケヤキが新緑で身を飾り
吹き抜ける心地良い風にはしゃいでいた。
私もつられて、うきうきした気分になった。

IMG_0999.JPG

IMG_1070.JPG

IMG_1000.JPG

園は広くて一度に全部見れないので、今日は・・・と
シャクナゲの園から、のんびりと散策

IMG_1006.JPG

IMG_1008.JPG

aibori.JPG
                    (アイボリースカーレット

シャガやギボウシも。

syaga.JPG

gibousi.JPG

次いで、エビネ展が行われていたので、会場に行く。
沢山の色とりどりのエビネが待っていた。
エビネといっても沢山の種類があるのには驚いた。

IMG_1016.JPG

IMG_1017.JPG

IMG_1018.JPG

IMG_1019.JPG

IMG_1021.JPG

IMG_1023.JPG

バラ園を歩く。バラはまだつぼみが堅い!
が、バラ園の真ん中にある大きな菩提樹の下では、
ベンチで憩う人たちがいた。

IMG_1028.JPG

曇り空が晴れてきて、正面に比叡山が見える。

IMG_1027.JPG

IMG_1029.JPG

ユズリハの木があったが、これ花なの、実なのかわからない。

yuzuriha.JPG

さらに進むと池の中に彫刻が有り、その背後で
モッコウバラが満開である。

IMG_1030.JPG

視線を転じると、藤の花!

IMG_1033.JPG

IMG_1035.JPG

IMG_1036.JPG

その横では、ツツジが赤いきれいな花で私達を誘っている。

IMG_1034.JPG

写生をしたり、撮影をしたりして皆さん楽しんでいた。
のどかな風景である。

IMG_1038.JPG

北朝鮮がどうのなんて、嘘のような気がする。
TVで「すべての政府はウソをつく」という番組があったが
ウソをついたり、隠したりする政府は、やはり一部の人の利益を守り
多くの国民の利益に反することをしてるからではないかと思う。
多くの国民の利益になることをしてたら、ウソをついたり隠したり
する必要などないはず。
てなことを考えながら森に入ると、お化けのような木があった。

IMG_1043.JPG

その近くに、フウという大木があった。
これってメープルのこと?

IMG_1045.JPG

IMG_1046.JPG

やがて竹林の道にでた。
そこでは、山野草展が行われていた。
驚くほど沢山の山野草が並べられている。

IMG_1051.JPG

IMG_1056.JPG
                     (ダイコンソウ)

aoi.JPG
                         (葵)

hannsyouzuru.JPG
                 (ハンショウズル)

kazaguruma.JPG
                        (カザグルマ)

narukoyuri.JPG
                         (ナルコユリ)

再び森に入ると、「バクチノキ」というのがあった。
なんで博打なのかは、謎である。
赤い木肌がむき出しである。
博打で負けて身ぐるみ剥がされたのかな?

IMG_1062.JPG

新緑で囲まれた池を横目に、「森のカフェ」へ行く。

IMG_1061.JPG

botan.JPG


mannsaku.JPG
                           (マンサク

IMG_1066.JPG

カフェの入り口に、大きな花を開いたチューリップがあった。

tyu-rippu.JPG

今日は、ここでお茶して終わりとします。


移ろい行く日々 [ぶらり生活]


IMG_0871.JPG

哲学の道を妻と語らいながら散歩しながら、ふと感じることなのだが、
生き生きとした充実感のある生活を送るには、
どうしたら良いのだろう。
幸せな人生ってどんな事なんだろう。
自分は、そんな生活が出来ているのであろうか?

夫婦で楽しく語らいながら、春の日差しに抱かれて散歩できること自体が
そもそも幸せなことではないだろうかなんて話し合う。
そう思うとなんだか急に「幸せ」を発見したような気分になった。
そんな思いで、見渡すと、
幸せは沢山身近に満ちているような気がしてきた。

でも、なんだか物足りない感も残る。
生き生きとした充実感は、幸せとは、また違ったもののように思えるのだ。
振り返って、考えてみる。

自分が生き生きとした充実感を味わったのは、どんな時だったろうか?
それは、何かに一生懸命になって頑張っているときのようだ。
それも自分のためではなく、家族や友人のため、
社会のために頑張っているときに思える。
それも、やむなくではなく、自分の責務として、自分の責任として
頑張っているときだ。
いわば、自らの意思で責任を取って行動しているときである。

「責任を取る」と云うことは、
一般にはなにか良くないことのような印象があるが、
本当にそうだろうかとも思う。

実は「責任を取る」ということは、素晴らしい生き方ではないかと思う。
自分で責任をとることで、結果がどんなに思わしくなかっても
愚痴ったり、誰かや、なにかの性にすることもなく、次へのエネルギーとなると思う。

身近な事で云えば、妻と幸せな家庭を築こうと結婚したことに責任を取る。
子育てに責任を負う。
友人に対して友人としても責任を持つ。
町内の役員に今年はなったけど、役員としての責任を全うする。
大きく云えば、日本国民として、日本の民主主義に責任を負う。
父親たちの時代に行った侵略戦争に子供として責任を引き受ける。

そういう風に責任を積極的に引き受けることによって、
今自分がなすべき事が見えてくるし、
行動する指針が明らかになる。

真摯に真正面から物事に自らの要求として取り組めるのではないだろうか。
その行動こそが、
生き生きとした充実感ある生活を与えてくれるような気がする。
私の考えは、間違っているだろうか?

ところで、夕暮れ時の哲学の道の桜は、きれいである。
昼間の写真は、多くの人が撮影しているけど、夕日の中も桜はあまり無いのでは・・・・

IMG_0874.JPG

IMG_0898.JPG

IMG_0899.JPG

IMG_0940.JPG

IMG_0941.JPG

IMG_0943.JPG

IMG_0944.JPG

IMG_0954.JPG

疎水の水面に映える夕日の残照も趣があります。

IMG_0957.JPG

今日も一日良い日でありました!



桜満開の哲学の道 [風景]

哲学の道の桜は、例年3月末には開花していたのであるが、
今年は4月3日にやっと一分咲きで、やれやれと思っていたら
なんと5日には8分咲き、で今は満開である。
が、なんとも悔しいのは、連日曇天<時には小雨が降るという天気である。
観光客の皆さんもほっとした感じで楽しんでいる。

IMG_0725.JPG

IMG_0726.JPG

IMG_0783.JPG

IMG_0719.JPG

IMG_0721.JPG

IMG_0728.JPG

IMG_0729.JPG

IMG_0731.JPG

IMG_0734.JPG

IMG_0739.JPG

IMG_0742.JPG

IMG_0743.JPG

IMG_0754.JPG

IMG_0757.JPG

IMG_0760.JPG

IMG_0761.JPG

IMG_0762.JPG

IMG_0764.JPG

IMG_0765.JPG

IMG_0766.JPG

IMG_0770.JPG

IMG_0771.JPG

IMG_0772.JPG

IMG_0778.JPG

IMG_0781.JPG

ここで眺められるのは桜だけではない。
私も散歩していたら、大変興味深いポスターを発見した。
民家の板塀に張られていて、桜と共に見れるのである。

IMG_0718-2.JPG

IMG_0718-3.JPG

まあ、私も大賛成ですが・・・・・・こんな政党いつ出来たの((笑)

IMG_5036.JPG

桜以外にもこんな花たちが

IMG_0774.JPG

IMG_0775.JPG
      (高さ15cmくらいの可愛いつつじの木)

IMG_0776.JPG

IMG_0777.JPG
      (これなんの花なんだろう?同じ木から赤と白の花が咲いている!)

IMG_0769.JPG

ついでながら、我が家のボケも今がみごろ!
長い枝にびっしりとつぼみをつけてみごとである。

IMG_0748.JPG

IMG_0750.JPG


ではでは、花の便りでした!


早春の鴨川デルタ [ぶらり生活]

好天に恵まれ、散歩を兼ねて鴨川まで何度か出かけた。
道中、二人で語らいながら歩くと、距離も気にならない。
時には、道沿いの花々に見とれ、会話にも花が咲く。

IMG_4998.JPG

IMG_5001.JPG

IMG_4999.JPG

しかし、国会では、「森友疑惑」や「共謀罪」なるとんでもない
悪法が議論され、おだやかでないのだ。
この国の民主主義も立憲主義も危うくなっているように思える。
けれども、街はのどかさにあふれている気がする。
春が近づいているからだろうか?

鴨川の岸辺の柳は青めて、風に揺れている。
石川啄木が歌った望郷の歌が脳裏に浮かぶ。
でも、私の生家の近くにも、川があるが柳はない。

IMG_5053.JPG

川は、故郷と深く結びついているように思う。
望郷や故郷を歌ったものには、
必ずといっていいほど川がある。

私の望郷の風景は、島崎藤村の「千曲川旅情」の方が
ぴったりに思えるが、ここでも古城とともに川がある。

私の故郷には「荒城の月」で有名な岡城がある。
桜の名所でもある、この古城は、
大野川の支流、稲葉川と白滝川が合流する間の舌状台地上に築かれ、
川岸からそそり立つ天然の要塞である。

しかし、今、私達が立っているのは鴨川デルタ。
ここは賀茂川と高瀬川が合流した小さな舌状台地で、公園になっている。
そこでは、あるときは、グループのパフォーマンス

IMG_5005.JPG

IMG_5006.JPG

IMG_5007.JPG

IMG_5008.JPG

IMG_5009.JPG

IMG_5010.JPG

あるときは、出し物が

IMG_5052.JPG

そして河原の飛び石であそぶ子供達が

IMG_5056.JPG

IMG_5058.JPG

グループの集いが楽しげに行われている。

IMG_5003.JPG

IMG_5002.JPG

川の中では、小鳥たちが

IMG_5054.JPG

IMG_5071.JPG

岸ではボケの花が咲いている。

IMG_5070.JPG

振り向けば比叡の嶺が目に映る。

IMG_5055.JPG

のどかな早春の都の風景である。


ウリボウがやってきた! [ぶらり生活]

2017年3月6日(月)

ブログを書くのは、実に久し振り!
何かと忙しくて、手がつかなかった。
なんだか遠くに旅していた気分である。
しかし、旅ではないのだが九州の友人からの頼りで
心がブログに向いてきた。
彼女のたよりの内容がおかしくて、その上、ポロを思い出したからである。
で、その便りとは

「夜、仕事から帰ってみると庭に大きな猫のような動物がうろついていた。
 最初は、黒い大きな猫が穴を掘っているのかな?と思っていたのですが...
昼間に見たら、豚さんのような鼻が??
友達に写真を送ったら、皆さん、ウリボウだよ。と。
我が家のにゃんこも距離をとって、騒ぐわけでもなく、
ウリボウも、私を見ても逃げもせず
おっぱらっても、グルンと廻って、すぐ、帰ってくるのです。
「ブーブー」と、一日中言ってます。
にゃんこのご飯になると出てくるのです。
キャットフードをあげてました。
お腹が空いているらしく、バリバリ食べます。
にゃんこのご飯のオコボレが目当てのようです。
夜は小屋で、ビニールを見つけてきて、自分の身体をビニールに巻き付けて、
顔だけ出して寝てるのです。
凄く頭がいいです。
どうしたもんか。と悩んでいたのですが、
近所のおくさんが、私の家の庭にも来たので、
ワナを賃りてきた、仕掛けていいか?と、言ってきた。
捕まえたらワナの持ち主に渡す。と言うので、待ってもらった。
山に返してあげたいので役所に相談しました。
役所の人は、ボランティアの方にお願いいします。と言い、
その日は帰って行かれました。
できれば、山に帰してあげたい。と、伝えておきました。
翌日、仕事で居なかったのですが、連絡があり、ワナは使わなくても、捕まえられました。
ボランティアの方でイノシンを飼っている人をあたってくれるそうです。と言われて、
運良く、生き延びてくれる事を願いました。
お母さんが、捕らわれて、必死に生きていたのでしょう。
ひとまず、安心しました。
一人だし、怖かったので。」

ということだった。

DSC_0007.JPG

親を失ったウリボウが真剣に考えた末の行動だったのだろうし、
家主が優しそうなので、安心してたのではないかと思う。
野生の動物とはいえ、生きるために頼ってきたのだろうと思うと
やはり可愛い感じがする。

ウリボウの結論は、飼ってもらえる方にお預けになったという。
私も一安心である。

私がカフェをやってるときに、カフェにやってきた野良犬君(ポロ)と
イメージが重なり、ウリボウが懐かしくさえ思えた。


映画三昧 [ぶらり生活]

2017年2月4日(土)

なにやら久し振りの好天気のほだされて、散歩がてらに動物園に出かけた。
しばらくブログにもご無沙汰して、映画の方に気を引かれていた。
最近立て続けに映画を見て歩いた。
「校庭に東風吹いて」
「スノーデン」
「この世界の片隅に」
「小さき声のカノン」
「君の名は。」
「弁護人」
「アイヒマンを追え」
いづれも優れた作品である。
簡単に作品の紹介をしておきます。

校庭に東風吹いて
映画「校庭に東風吹いて」は、場面緘黙症の心の悲しみを抱えた少女、
貧困から様々な問題を引き起こす少年の絶望と苦しみなど子ども達の
困難に寄り添い、子どもと共に生き、子どもへの愛情を貫いた教師
感動の物語

koutei.jpg

スノーデン
ハリウッドを代表する社会派監督オリバー・ストーンが、
アメリカ政府による個人情報監視の実態を暴いた元CIA職員
エドワード・スノーデンの実話を映画化したもの。
結構緊張感を感じさせる作品。

3201.jpg

この世界の片隅に
第2次世界大戦下の広島・呉を舞台に、大切なものを失いながらも
前向きに生きようとするヒロインと、
彼女を取り巻く人々の日常を生き生きと描いた作品。

konosekai.jpg

小さき声のカノン
鎌仲ひとみ監督が、福島とチェルノブイリの原発事故後の生活を、
母親たちの視点から捉えたドキュメンタリー。

kanon.jpg

君の名は。
『星を追う子ども』『言の葉の庭』などの新海誠が監督と脚本を務めたアニメーション。
見知らぬ者同士であった田舎町で生活している少女と東京に住む少年が、奇妙な夢を通じて
導かれていく姿を追う作品。
世界的の大ヒット中です。

kiminonaha.jpg

弁護人
韓国で観客動員1100万人を突破する大ヒットを記録した社会派ヒューマンドラマ。
青年弁護士時代のノ・ムヒョン元大統領が弁護を担当した重大冤罪事件「プリム事件」をモチーフに、
ある事件をきっかけに人権派弁護士へと転身を遂げる男の奮闘を描く。
日本の戦中、治安維持法を思い出させるような作品です。

3202.jpg

アイヒマンを追え
第2次世界大戦後、海外へと逃亡したナチスの戦犯アドルフ・アイヒマンの捕獲作戦を
実現へと導いたドイツ人の検事長フリッツ・バウアーにスポットを当て、
バウアーがいかにしてアイヒマンを発見し、追い詰めていったのかを描いた実録ドラマ。

aihiman.jpg

私個人としては、7本の先品を見て、一番心に残った感動的な作品は
「校庭の東風吹いて」だった。主人公の少女の姿に涙した。
この映画だけは、映画館ではなくて,新聞で見た会場に出かけていった。
ところが、会場に行ってみると、なんと地域の母親大会の会場だった。
で、おそるおそる(笑)「映画を見に来たけど、見れますか」と聞いたら
気持ちよくOKしてくれた。
母親ばかりの会場で男一人ポツンと座って観賞した。

話は変わるけど動物園
土曜日と言うこともあってか多くの家族が来ていた。
子供を連れて、動物園に行くには、寒くもなくて最高の天気である。

IMG_0631.JPG

が、ライオンやトラさんもお昼寝

IMG_0632.JPG

IMG_0633.JPG

動物園なのになぜか干し柿が・・・・・

IMG_0634.JPG

植物園ではないが、爽快な大木がなんとも良い気分にしてくれる。

IMG_0635.JPG

高いところ大好きな山羊は、ご多分に漏れず高いところに・・・

IMG_0657.JPG

私は出し好きなレッサーパンダを眺めて楽しんだ。

IMG_0675.JPG

動物園も大人だって結構楽しめる!


哲学の道で哲学!? [心の風景]

2017年1月10日(火)

今日は、この月にしては、比較的暖かな日である。
天気に誘われて、哲学をしに哲学の道へ出かけた。

IMG_4945.JPG

どういう訳か、道には人気が無い。
別にさみしいわけではなく、これぞ哲学するにふさわしい。

IMG_4937.JPG

季節柄、色気がないのではと思っていたが、とんでもない。
たわわに実った南天の実が出迎えてくれた。

IMG_4939.JPG

山茶花も誇らしく咲き誇っている。

IMG_4940.JPG

雪が降っているかのような低木もあった。

IMG_4941.JPG

さらには、ロウバイも花盛りである。

IMG_4944.JPG

さすが正月で門松も見受けられた。
門松というとこんなのをイメージする人が多いと思うけど

kadomatu.jpg

本来は、こちらなのだ。

IMG_4943.JPG

平安の貴族達が好んだ小松引きと言う行事で持ち帰った
「子の日の松」を長寿祈願のため愛好する習慣から変遷したもので、
現在も関西の旧家などでは、「根引きの松」といって飾られている。

松は、神が宿る縁起の良い木で、古来から愛用された。
思い出して欲しい。
能舞台の背には、必ず大きな松の絵が描かれているし
庭園では、必ずと言って良いほど松が植えられている。

門松の意味は、待つが転じて松となった。
「門で新年の福を待つ」の意味であるというのは、
私の勝手な意味付けですが、
まあ、そういう気持ちで新年を祝いましょう。(笑)

ところで、哲学の道には、お地蔵さんがいらっしゃるのだが
その横に鍵の掛かった賽銭箱がある。
なんと念入りにも、賽銭箱に雨が入らないようにふたがしてある。
そもそも賽銭箱に鍵がかけてあるのには、
私は納得できないのである。

IMG_4938.JPG

こちらのお地蔵さんには、賽銭箱はない。
木彫り可愛い作品である。

IMG_4942.JPG

もともとは、社寺やお地蔵さんの前に賽銭箱など無かった。
お供えは、五穀だったのだ。
しかも、お供えした物は、寺社などの所有物ではなく、
神や仏様のものであり、そのお下がりを飢えた人がいただいていた。

五穀とは古事記では、稲・麦・粟・大豆・小豆、
日本書紀では、稲・麦・粟・稗・豆となっている。
それがやがて米となり、ご飯となり、貨幣が普及すると
お金になった。

でも、お供えした物を誰がどのようにしようが良かったのだ。
飢えた方々がそれをいただくことで、意味が満たされたのである。
それは、今流にいえば、慈善事業、福祉事業ににたとえられる。

他の例でいえば、水上勉の「はなれ瞽女おりん」ではないが
瞽女だって立派な福祉事業だった。
盲目の少女を預かり、芸を教え、農閑期に村々を回り
門付けをして、彼女らの生計をまかなっていたのである。
そのようなことでもなければ、盲目の少女は生きていくことさえ困難だった。

昔、お地蔵さんに供えられたおにぎりを涙と共にいただいた人がいたはず。
現代の「こども食堂」の役割を果たしていたと思う。
いにしえの庶民は、「お供え」という形式で助け合っていたのだと思う。
日本人の美しい心意気である。
美しい日本というなら、こうありたいものである。

幸い、わが生家の寺院では、賽銭箱に鍵はない。
いまでも、それをたよりに来る人がいる。
日々のお金に困っているという人がいるのだ。
でも、彼らは、全部持って行かないのだ。
なにがしかのお金を残してある。
いただく方にも、美しい心が生きているのだ。

日本国憲法には次のような条項がある。

第25条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
 2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の
 向上及び増進に努めなければならない。

賽銭ではなく、国の制度として、貧しき人を救うことは、
国民全体の心を豊かにしてくれるのではないだろうかと思う。


すべて世は・・・・・ [ぶらり生活]

2017年1月6日(金)

最近では珍しく雲一つ無い快晴の日だった。
だけど、少し風は冷たい!
こんな日は、河原で散歩に限ると出かけた。
出町柳から鴨川の河川敷にでる。

ここは、手前が高野川と奥くの賀茂川が、合流する地点で
ここから下流域が鴨川となる。
昔は、この川も暴れ川で何度も洪水を起こしている。

平安末期に権勢をふるった白河法皇は、
自らの意に沿わないもの(天下三大不如意)の筆頭に
「賀茂の水」を挙げている。
ちなみに「天下の三大不如意」とは、
1、賀茂川の水 2、双六の賽 3、山法師である。
なかでも、長い歴史の中で人々を悩ましてきたのは
この治水である。

鴨川の流れは、伏見区で桂川と合流し、
さらに南下して宇治川・木津川と合流し、
淀川となって大阪湾に注いでいる一級河川である。
川の講釈は、私の散歩とはなんの関係もないですが(笑)

花のない川の土手には、赤い葉の植物が妙に映えている。

IMG_0601.JPG

子供達は、飛び石ではしゃぎ、二つの川を越えていく。

IMG_0600.JPG

IMG_0599.JPG

柳は、まだ葉をつけて、風に揺らぎ

IMG_0602.JPG

IMG_0604.JPG

アオサギは肩をすくめてたたずみ、シロサギは、抜き足差し足で進む

IMG_0605.JPG

IMG_0608.JPG

カモはむれ、騒ぎ、小鳥たちはさえずる。

IMG_0622.JPG

IMG_0606.JPG

IMG_0607.JPG

IMG_0611.JPG

IMG_0614.JPG

IMG_0621.JPG

センダンは、青空にそびえ、ドウダンツツジは、地に燃えている。

IMG_0620.JPG

IMG_0624.JPG

向かいの土手道では、愛犬を連れた人とマラソン人が行き交う。
「神、そらに知ろしめす。すべて世は事も無し」という
ロバート・ブラウニングの「春の朝」の一節が脳裏をよぎる。

が、本当にそうなんだろうかと思う。
「格差」広がる日本で桜の木に寄生しているような人たちの繁栄は容認しがたい!

IMG_0623.JPG

私は「すべて世は事だらけ」の気がするのだ!


前の10件 | -