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佐川美術館へ [ぶらり生活]

2016年8月27日(土)

佐川美術館で楽氏の
「楽吉右衛門 楽篤人 楽雅臣 -初めての、そして最後の親子展-」を
見ようと言うことで出かけた。

この美術館は、水上の美術館の趣があり、私も気に入っている。

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が、最初に目に入ってくる蝦夷鹿の彫刻だけは、
個人的理由でいただけないのだ。
鹿にひどい目に遭った人なら、ご理解いただけると思うけど・・・・

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ちょうど、「ボストン美術館 ヴェネツィア展」が行われていたので
まずは、そちらから観賞した。

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会場入り口で係員が入場者に
「場内は音響効果が高いので携帯電話を鳴らさないように処置してください」と
アナウンスしていた。
が、不届き者はいるもんで、携帯電話が、場内に響きわったった。
係員が飛んでいき、その人を場外に連れて行った。

ヴェネツィアの成り立ちも説明や地図があり、理解が深まった。
妻は、以前、ここを訪れたことがあるので、懐かしそうであった。
私はイタリアの石の文化には、どうもなじめないのである。

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続いて、佐川美術館内にある「楽吉右衛門館」で楽氏の作品を鑑賞した。

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友人は、吉右衛門氏の作品に感動していたが、
私は、長男の篤人氏の茶碗に魅せられた。
なにか夢のある若々し小宇宙を感じた。
9月からは「楽吉右衛門の造型」展が始まるそうである。

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観賞の後は、もちろん館内カフェお茶会です。

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気がつけば閉館時間が迫っていた。

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湖岸道路は、涼風が吹き渡り、気持ちよかった。

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琵琶湖大橋を渡り、帰路についた。
いい一日でした。


遠出の散歩 [ぶらり生活]

2016年8月24日(水)

夕方、大津の病院に友人をはこんだ。
みれば、すぐ目の前に「びわ湖レイクサイド自転車道」というものがあり、
待ち時間を利用して散歩することにした。

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しかしこの道は、もう一つ名前があって「ぐるっとびわ湖サイクルライン」
ともいうらしい。

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歩いてみると、左側に湖西線のガード、右は稲田が広がっている。
夕暮れ前の空は、きれいだ。

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道の脇には、エコポストっていうゴミ箱が完備している。
感心なものである。

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立派な自転車道なれど、歩いているのは、私とあと一人の二人っきり。

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でも、知らない人なので、ついていかない(笑)

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が、この絵どうも疑問がわく。
知らない人って、こんな感じの人だけではない。
こういう人には、言わなくてもついていかないと思う。
それよりもごく普通の人で、描くべきではないかと思う。
普通の人だけど、危ない人がいるってことを知らせるべきでは、
なんて余計なお世話かも知れないけど、考えてしまうのだ。

自転車で通りかかった「よい子・悪い子?」
子供は自転車道を走っているが、ヘルメットがない。
大人は、わざわざ車道を走っているが、ヘルメット着用。
まあ、どちらが良いとか、わるいとかいいづらいけど・・・・・
許す!ことにする(笑)

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稲田では、稲が実りの季節だが、早々と刈り入れのすんだ田んぼもある。
新米として、もう市場に出ているのだろう。

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あぜ道には、花が咲き乱れていた。

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が、眺めている内になんだか雲行きが怪しくなった。
でも、雨の降る様子はないので安心である。

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湖西線に姫路行きの新快速が通り過ぎて行った。

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のどかな田園風景を眺めながらの散歩の機会をもらって、
おおいに満足である。
遠出の散歩も良いものだなあと思った。


五山の送り火 [ぶらり生活]

2016年8月16日(火)

京都では、今夜は五山の送り火の日である。
午後8時にから次々と送り火が点火され
今日の夜空を染め上げるのである。

点火は、京都市内から北を向いて、右から順に点火される。
で、午後8時に「大文字」(大文字山=如意ケ嶽の支峰)がまず点火される。
続いて順に左側へと点火が始まる。
8時5分「妙法」
    「妙」は松ヶ崎西山-万灯籠山、 「法」は松ヶ崎東山-大黒天山
8時10分「船形」 西賀茂船山
8時15分「左大文字」 金閣寺大北山
8時20分「鳥居形」 嵯峨鳥居本曼荼羅山
の順である。

一般に五山の送り火といえば、
この大文字山の「大文字」が最もよく知られていて、
五山の送り火の代名詞・代表見たいになっている。
この山の下に有名な銀閣寺がある。
この山からは、京都市内が一望できる。
左下の小さな山が吉田山、麓に京都大学がある。

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その吉田山から、大文字山を望むと、こんな感じ。

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                    (吉田山 展望台より)

蛇足ながら「大文字」を「大文字焼き」という人がいるが、
京都では、それは御菓子の名称、
銀閣寺道にあるお店で売っている回転焼きや今川焼きみたいなもので、
1個100円なのだ(笑)

この日、NHKも30台のカメラを動員して、このイベントを特集していた。
が、あり得ないことが起きた。
私も午後6時に大文字山にカメラを向けたときは、雨はなく、
順調に準備がなされていた。

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こんな日に限って夕方から雨が落ち始め、7時頃からは、大雨となった。
同じ京都市内でも左京区は、特別に豪雨となった。
私も自宅から、心配しながら大文字山(如意ケ嶽の支峰)を
眺めているのだが、山そのものが見えない土砂降りとなった。
それでも、8時になると、大文字の点火が行われ、
夜霧の彼方に浮かび上がった。

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この大雨の中、担当者へ本当にご苦労さんと言いたい。
NHKも出町柳からカメラを向けていたらしいが、
雨で大文字かすんで見えないらしい。
大文字山からのカメラの位置が遠すぎたのかも知れない。

結局NHKは「左大文字」を大写ししていた。
これが本当に天気の良い日だったら、こんな感じに見えます。

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ズームしてみると、火のそばには、
多くのギャラリーが立っているのがわかると思います。
送り火で燃やされた後の消し炭は、
半紙で包んで水引をかけて玄関に吊るしておくと
厄除けになると言われている。
彼らは、その消し炭を持ち帰るのが目的の一つなのだ。

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いずれにしろ、
五山の送り火も多くの人たちに汗と苦労で支えられていることを
忘れないようにしたいものです。


ある夜に突然 [高齢者天国]

 
峠の南側では、桜が満開だというのに、ここでは、まだつぼみのままである。

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日没は四時前後で、五時には、もう暗くなる。

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カフェ”星ふる館”は六時で閉店する。閉店と共に外灯は消す。

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すると七百坪の庭は、闇に包まれ、寒風が冬枯れの木立をゆする。

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谷間の空は、満天の星がきらめき、百メートルほど向こうの杉林の中にある国道では、
時折、車のライトが、ひとときだけ谷を明るく照らし出して通り過ぎていく。
風の音以外はなにも聞こえない。

そんな谷間の山里の一軒家であるカフェでは、薪ストーブから薪のはじける音が、
パチパチと聞こえるだけである。

カフェはすでに閉店し、オーナー山野夫妻は、二人だけの静かな夕食を初めていた。
山野夫妻は、リタイヤして、五年ほど前から、この山里にカフェを開いて住んでいる。
田舎暮らしが長年の夢でも会ったのだ。

ところが突然、けたたましくドアをノックする音が響き渡った。
静かに二人で迎えていた夕食時の雰囲気が一度に破られて、
二人はぎょっとして、食事の手を止めた。
やがて彼が立ち上がり、広いフロアを歩いて行きドアを開けた。
暗闇の中に老人が一人立っていた。

男は晩飯を食べに来たというのだ。
男の顔をじっと見ていた彼には、見覚えがある顔に思えた。
やがて男は、彼をを無視するかのように、その横をする抜け、
ずかずかと店内に入ってきて、彼の妻に向かって、
残り物でも良いので用意してくれとせがむのである。
彼女もびっくりした面持ちで、
「そんな、メニューにもないものを出せません。」と断った。
が、男はあきらめずに「なにかあるやろ」と厚かましくせがんでいる。

男に無視されていた彼は、少しむっとした表情で男の正面に立って
「すでに閉店してます。注文はお受けできません。営業しているところに行ってください!」と
言葉に力を込めて男の目を見つめて言った。
男は一瞬ひるんだ様子で「当てにしてきたのに・・・・」と残念そうに帰って行った。

彼は男の軽自動車が国道に出るまで見送っていた。
男を見送りながら、かって一度だけその男が客として来たことがあるのを思いだした。
七十歳前後のその男は、同年配の女性とやって来たのであるが、
二人の振る舞いを見ていると、どう見ても夫婦ではない。
男の落ち着かない不自然な言動が妙に印象に残っていた。

翌朝、開店と同時に川向かいの集落の山岡さんが橋を渡って来店した。
山岡さんは、カフェを始めたときからのお付き合いで、常連のお客さんで町内会長でもある。
で、昨夜の出来事を話していたら、
「ああ、それは川田の親父に違いない。あいつはしょうのない奴で、しょっちゅう車で
そこら中走り回って、女アサリばかりしてる。内の女房までデイトに誘いやがった。」
「えっ、奥さんもデートしたんですか?」
「とんでもない、女房はぼろくそにいって断ったと言ってた。」と笑いながらいう。

聞くところによれば川田さんは、峠の向こうの集落に住んでいて、
奥さんは早くに亡くされ、今は一人暮らしだという。
川田さんのことは、この地域では知らない人はないというのだ。
「きっと寂しいんでしょうね。」というと
山岡さんは吐き捨てるように
「とんでもない、いい歳して色ボケしてるだけや!」
とけんもほろろ。
「でも、この前ご婦人と一緒に来店してましたよ。」
「隣町の育代さんだろ。」
「ご存じなんですか?」
「この前あったときに彼女が言ってた。
何度もデートをせがむのでかわいそうに思って付き合ってやったと言ってた。
あれも今じゃ独り者だからなあ。嫁はんが元気なときは堅物だったんだがなあ」
「で、どうでしたって?」
「全然面白くなかったと言ってた。」
「ますます、かわいそうですね。」
「まあ、しょうがない。悪い奴ではないが・・・・」と今度はしんみりと言う。

「今度また来たら、夕食ぐらいサービスしときますよ」と妻が言った。
「ああ、そうしてくれたらあいつも喜ぶだろう。すまんなあ、迷惑かけて」
と言って山岡さんは帰って行った。

 彼は、山岡さんを見送りながら、ふと、中島みゆきの「異国」という歌の歌詞が頭に浮かんだ。

歌詞に曰く
『悪口ひとつも自慢のように ふるさとの話はあたたかい 忘れたふりを装いながらも 
靴をぬぐ場所があけてある ふるさと』

この地域でも、みんな子供の頃からの知り合いなのだ。
山里のふるさとの良き面だと思った。澄み渡った空から吹く風が頬に気持ちよかった。


楽しい花火見物 [ぶらり生活]

2016年8月8日(月)

今日は、琵琶湖の花火大会が行われるので、友人と3人で見物に出かけた。
京都市内から大津市に行くには、山中越えが最短距離である。
グニャグニャ道を田の谷峠まで来ると、比叡山ドライブウェイはなぜか
閉鎖されていた。
きっと大勢の花見見物者が押しかけるからであろうか?
こんな日こそ、おおいに乗り入れさせたら良いのにと思うのだが・・・・

大津側に下り、夢見が丘まで下りると、ヘアピンカーブの空き地は
車が寿司詰めになっていた。
ななんと、駐車料5,000円と書いてある。
で、そこは素通りしてさらに下る。

ラブホテルが見えてくる。
「ここに入って、花火を眺める手もあるね」と話になったが
きっと、今日は特別料金で高いだろうから止めようと言うことにした。

結局、当初予定していた場所に行った。
ここは、グーグルの航空写真で探し出した場所である。
大きな駐車場がある家電のストアである。
すでに、多くの車が駐車していてたが、さらに車は次々と入ってくる。
で、みんな袋や折りたたみ椅子テーブルまで持ち出して国道に向かう。

ストアに入る人は見当たらないが、僕らは入店!
めちゃ広いフロアにいろんな家電製品がずらりと並んでいるが、
来客は、まばら、さみしいくらいである。
「ええ、こんなんで大丈夫?」と人ごとながら心配である。
とにかく、のんびりと店内を見て回った。
品揃えも豊富である。
せっかくだからと、DVD20枚セットを買った。

レジで、「すごい数ですね」といったら
店員曰く「今日は仕方ないです」という言葉が返ってきた。
私は、電器製品のことを言ったのであるが、店員は車の数と思ったらしい。

「あんしんパスポート」に入会したら5%引きしますというので
早速入会し、5%値引きしてもらった。
サービスも良い店である。全国で使えるとのことである。

外に出てみると、駐車場は満車になっていた。
僕らもみんなに続いて、琵琶湖畔へ行った。
なんと、広々とした芝生の広場が有り、大勢の人が座り込んでいた。
ざっと見ただけで1,000人は、優に越えていると思えるのであるが
それでも、芝生は、まだゆったりとしている。
心地良い風が絶えず吹き、実に涼しいのだ。
まさに文字通りの納涼大会である。

7時半、花火大会が開始された。
時折、「おおっ!」という歓声と拍手がわき起こる。
僕らも、例に漏れず、思わず歓声を上げたり、拍手したりで、
多に楽しい1時間を過ごすことが出来た。

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でも、帰りは、大渋滞だっが苦にもならなかった!
真夏のひとときを、十分楽しんだという思いで満足だった!

 


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思わぬ出来事が・・・・・ [風景]

2016年8月1日(月)

友人がマキノ町のメタセコイアの並木が見たいというので
4人で出かけた。
大した渋滞もなく行くことが出来た。
まずは、マキノピックランドで昼食をということでレストランに入る。

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空席が結構あるのだけど、予約席だと言うことで待つことにした。
「待ってる間に、散策する」と彼女たちは出かけ、私は留守役。
やがて席が空いたというので、席で待っていたら
みんな大きな袋を下げて帰ってきた。
野菜や果物が安かったので買ったというのだ。

40人ほどの集団が入ってきた。
予約客である。
が、あっという間に用意された弁当を食べて出て行った。
「はやっ!」
びっくりである。
よほどスケジュールが遅れていたのだろうと思う。

食後、メタセコイアの並木を散策することにした。
並木を見たいと誘った彼女は大喜びで、
スキップを踏んで舞い上がった。
が、着地に失敗した。

僕らは一瞬何が起きたのかわからず呆然としていたが
彼女は、大地にうつむけに大の字に倒れているのである。
正気に返って彼女を抱え起こしたが、足を痛めていた。

みるみる腫れてきたので、もう一人の友人が冷水の入った
ペットボトルを出して、患部を冷やすように進めた。
道に段差があったのを彼女は、気づかす足を痛めたらしい。
自分はここで待ってるから、散策をしてくれというので
3人で散策を少々した。

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が、やっぱり気になり、3kmほど先になる薬局に出かけた。
一安心したところで引き返し、車で並木をゆっくり散策。

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          (冬はこんな風景になるという。マキノピックランドのリーフより)

次は彼女が「手作りスモーク工房 杣人」に行きたいという。
ところがこれがなかなか見つからない。
あちこちで聞き、別荘地のような住宅街の中にあるのを見つけた。

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               (工房の裏の川)

で、ここでもなにやらしっかり買い物
出来たら余呉湖にもと思ったが、帰ることにした。

カーナビがそろそろ休憩したらと言うのでカフェに入る。
ところが、世間話が盛り上がり、時間の経つのも忘れた。
気がつけば6時を回っていた。

が、やっぱり医者で手当をしたいと言うことで、整形外科に行った。
検査の結果、剥離骨折だという。
帰りは、ギブスに松葉杖!

とにかく、彼女のマンションの部屋まで送り、僕らは帰路に。
我が家到着は、9時でした。
思わぬ出来事に遭遇した少旅行でしたが、それなりに楽しかったよ。

 


夫婦の愛は [心の風景]

2016年7月29日

偶然だが、ある論文を読む機会を得た。
タイトルは、「夫婦の愛情と個別化志向からみた夫婦関係-中高年期夫婦を対象に-」というものである。
この論文は、文京学院大学人間学部研究紀要Vol.14, pp.1 ~ 13, 2013.3(研究者 伊藤裕子・相良順子さん)に
発表されたものであるが
この調査の結果次のことが判明したという。
 
「本研究は,中高年期の夫婦を対象に,個別化志向と夫婦の愛情の2 軸による4 型の夫婦関係にどのような違いがみられるかを検討した.40 代から70 代の配偶者のいる男女888 名を対象に,夫婦の相互性,関係満足度,離婚の意思,低勢力認知,分業観,精神的健康が尋ねられた.
対象者は,愛情が高く個別化志向の強い自立型,愛情は高いが個別化志向の弱い共同型,愛情・個別化志向とも低い規範型,愛情は低く個別化志向の高い脱結婚型に分類された.その結果,自立型と共同型は多くの点で共通し,夫婦関係の良好さ,ならびに精神的・身体的健康の高さが見い出された.それらを規定しているのは夫婦間の愛情だった.なお,この両型を異ならせているのは性別役割分業観だった.一方,愛情が少ない点で共通する規範型と脱結婚型は,前者はまだ夫婦関係を形として保っているものの,後者は良好でない夫婦間の摩擦を避けるために個別化を志向していると考えられた.これまで指摘されてきた個別化(個人化)を志向する者における夫婦関係の非良好性は,自立型と脱結婚型が混在したために生じたものだといえよう.」

 この論文で、最も印象的だったのは、「規範型」と「脱離婚型」の夫婦には、健康状態が悪いという有意差が
認められたと言うことである。
すなわち、夫婦関係が悪いことが健康にも現れているというのである。
逆に愛情のあふれた夫婦は、若々しく見えると言われているが、意外と正しい判断かも知れない。
もう一つ、びっくりしたのは、調査対象の「50 代の女性では,夫と一緒の墓に入ることを望まず,
別室で就寝する者が2 ~ 3 割に上るという」というから驚きである。
そんならなんで結婚したんだと思わず言いたくなるのであるが、
そのような人でも結婚するときは、熱いものがあったはずだと思うのは、私だけだろうか?
この論文からも感じるのであるが、夫婦円満のバロメーターは、一言で言えば、
夫婦相互の日常会話の量ではかれるのではないかということである。

ある人が「夫婦円満の秘訣ベスト10」というものを発表してるが、それによると
1位 会話
2位 思いやり
3位 感謝すること
4位 おいしい食事
5位 干渉しすぎない
6位 相手を尊敬・尊重する
7位 セックス
8位 スキンシップ
9位 たまに喧嘩をする
10位 ペットを飼う(但し依存してしまえば逆効果)
だそうだ。

ここでも会話が一番に来ている。
しかし、これらは夫婦生活を円満にするノウハウかも知れないが、
そこに愛情というものが基本になければ、仮面の夫婦ということになるのではないだろうか?
この愛情についてですが、愛情は「あるもの」と思い込んでいる人がいるように思う。
愛情が「あるもの」と思い込んで夫婦生活に入る人は、破綻するケースが多いのではないかと思う。

私は愛情は「あるもの」「与えられるもの」というものではなく
それは「生まれるもの」「創るもの」であると思う者の一人である。
愛情は、ある人に出会うことによって生まれ、そしてその人と共に育てていくものであるといことを
間違えるといつか破綻するのである。
それ故に愛情がある夫婦がいつの間にか破綻し離婚することになり、
愛とは関係なく政略結婚などで結婚した夫婦が愛を育てて、
愛情あふれる夫婦として添い遂げる場合も出てくるのだ。

では、愛とは何を温床にして生まれるのであろうか?
それは自己存在の意味と深く結びついていると思う。
すなわちその人の人生観なり、生き方を温床にしてると思う。

人はそれぞれ違う。まったく同じ人間などいるはずがない。
が、人生観や生き方は、その人の存在そのもので有り、それは共有することは出来るのある。
この共有こそ、愛の正体ではないかと思う。

その論拠の一つとして、二人のシンガーソングライターの歌を示したいと思う。

一つは、南こうせつ氏の「赤ちょうちん」
https://www.youtube.com/watch?v=kLoHLh56z5k

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愛する人と別れたとき彼女が感じたことは
「生きてることは、ただそれだけで哀しいことだと知りました」と言うことである。

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一方、松山千春氏の「炎」
https://www.youtube.com/watch?v=JbcJxZITB5M

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愛する人を得た彼女は
「貴方にめぐり逢えて、悔いなどないわ、生まれてきたことさえ、幸せと思う」のだ。

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この二人に共通するのは、なにか?
それは自己存在の評価です。
このことは、自分の存在価値を特別に相手が愛おしく認めてくれているかどうか、
特別な人として自分を必要としてるかどうかということであろう。
自分と同じ人生観や生き方を共有できる人から、生きていく上で必要とされているということは、
人として最高の人生を得たといえるのではないだろうか!


追憶 [心の風景]

2016年7月9日 

机の整理をしていたら、引き出しの奥から旧い手帳が出てきた。
昔々の手帳である。
パラパラとめくって眺めていたら、
歌詞が書かれていたページがあった。

眺めていると
とっくに忘れていた歌声が一瞬にして蘇ってきた。
「追憶」という歌である。
その歌を歌っていた若者の姿までが蘇ってきた。

それは、祇園祭も終わった8月の蒸し暑い夕暮れどき
京都三条大橋のたもとで、青年がギターを弾きながら
一人で歌っていた。
足下に置かれたギターのケースには、
幾ばくかのお金が放り込まれていた。
立ち止まって聴く人もいない。

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が、私は立ち止まってしまった。
彼の歌が私の後ろ髪を引いたのだ。
自分の心の奥底まで呼びかけているような気がした。
で、彼の歌の入ったテープまで買ってしまった。

今、そのテープがどこにあるのか思い出せないが
捨てたわけじゃないので、私の部屋のどこかに眠っているはずだ。
私は、この出会いを機に、なんどか彼のライブに参加した。

小さなライブハウスの30人ほどの聴衆の一人だった。
しばらくして、彼からハガキをもらった。
有限会社を設立したこと、住所兼事務所の案内が記されていて
京都だけではなく、大阪神戸でも演奏が出来るようになったと
書かれていた。
シンガーソングライターとして成功の道を歩み出したのだと思った。

あれから何十年という時が流れてしまった。
今、あの青年は、どんな人生を歩んでいるのだろうか?
名前さえ忘れてしまっているが、気になってきた。
私の中では、彼の名前は、忘れ去られてしまったが
この歌だけは、今も鮮やかに蘇ってくるのだ。

下記の歌詞は、私が彼から買ったテープから書き出したのもである。

------------------------
      追憶

  すててしまった夢がある
  すてなきゃいけない夢がある
  すてちゃいけない夢がある
  どうしても捨てられない夢がある

  夕暮れの水辺に
  腰を下ろせば
  あふれる涙でにじむ水鳥

  すてなくちゃいけない人がいる
  どうしても捨てられない女がいる

  やり過ごしてしまった思いがある
  やり過ごさなくちゃいけない思いがある
  やり過ごしちゃいけない思いがある
  どうしてもやり過ごせない思いがある

  ふるさとのなよ風に
  抱かれてみたいけど
  思いは遙か遠く
  西の彼方へ

  やり過ごさなくちゃいけない人がいる
  どうしてもやり過ごせない女がいる

  夜空に瞬く
  星を訪ねて
  明日の空模様教えてもらおうか

  忘れなくちゃいけない人がいる
  どうしても忘れられない女がいる。

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-------------------

今も彼はこの歌を歌っているのだろうか?
もし、彼が私のこのブログを見ることがあったら
是非連絡をして欲しいと思う。

そして、
どうしても捨てられないもの、
どうしても忘れられないものについて
お互いに語り合いたいものである。
そこからまた、何かが生まれてくるような気がする。

今年もまた、京都に暑い夏の日が訪れてきた。


夜の闇の中で [ぶらり生活]

2016年6月30日(木)

どんよりとした日が続いて、気分転換がしたくなった。
で、「別荘」に出かけることにした。

久し振りに走る道は、すっかり夏!
大原で食料を買い込んだ。

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別荘の向かいには、ソーラー基地が出来ていて、発電中?
平日とあって、別荘を訪れている人は、1軒だけだった。

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近くをぶらぶら散歩するも
ご近所さんは、みんなお留守で、深閑としている。

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川には魚!

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花かと思えば新芽のようだ。

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別荘では、ますコーヒーを入れて、読書三昧!
涼しくて、いい気持ちになり、少々昼寝なんぞした。

日が暮れると、さわやかな風が吹き始めた。
昨年、一軒おいてとなりの住民の方が
入り口の川に蛍が沢山出ると聞いていたので、
帰り支度をして、出かけてみた。

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真っ暗な中、遠くに外灯が2,3見えるだけ。
気温は18度、少し寒いくらい。

川の畔では、蛍が5~6匹飛んでいた。
今年初めて見る蛍である。
中には、目の前まで飛んでくる蛍もある。
カメラに収めようとしたが、ダメだった。

うっとりと蛍を眺めていたら、
暗闇の中から{モウ!}って声が聞こえてきてびっくり。
繰り返し「モウ!」である。
そういえば、ここらに牛舎があったことを思いだした。
牛君が挨拶してるんだ。

ところで牛君は、夜目が見えるのだろうか?
てなことを考えながら、車を走らせるのであるが
CDの音楽を聴きながら走っているとなぜか別の音が
同時にスピカーから流れてくる。

確認すると、ブレーキやアクセルの音である。
運転席の下を手で触ると、その音もスピーカーから流れる。
どうゆうこと!?
足下にまるでマイクがあるような感じである。
隠しマイクでも仕掛けられたのか?
なにか不気味!

曲り道でウインカーを出すと、その音までマイクから!
こんな山奥の夜に車が動かなかったら、大変とばかり
エンジンを切ることも出来ずに、走る。
帰りに道、葛川の蛍の名所にも寄り道した。

こちらは、20匹ほどの蛍が群れて飛んでいた。
が、この深い谷間にも、誰もいない!
車の心配も忘れて、蛍の乱舞を満悦した。
肌がひんやりとする。
こちらの蛍は、これからが本番のようである。
来週あたり、もう一度訪れたいと思った。

帰宅して、車のエンジンを切り、再度入れてみたら
雑音がスピーカーに流れなくなったようである。
なんだか狐につままれた気分!!!


胸にこみ上げるもの [心の風景]

今日は、梅雨の雨が朝から降りしきり、どんよりと暗い日である。
こんな日は、音楽でもと思い、いろんな曲を聴いてみた。

その中で、懐かしい童謡「月の沙漠」あったが
その曲を聴いていたら、
胸の奥から熱いものがこみ上げてきてきました。
 自分でも予期しなかったことなので、驚いてしまった。

「月の沙漠」は、多くの人が知っている「童謡」であり、
 子供の頃、幾度も聴いてきた曲である。
ところが、こんな激情を感じたのは、はじめであった。
この曲の秘密はなにか?
少し探求してみたくなった。

この歌は 「BS 20世紀日本のうた」ベスト100曲に
1775万票(1人3曲選択)もの空前の投票を集めてランクインしているという。
これは、いかに多くの日本人がこの歌に親しんでいるかということを、
物語っていると思います。

「月の沙漠」作詩は加藤まさを氏で
 1897年(明治30年)静岡県藤枝市生まれの抒情画家。
1923年3月(大正12年)に、(作者26歳)
 当時創刊したばかりであった「少女倶楽部」で、
 歌詞が紹介されたのが最初でした。
この発表の時の挿絵も本人が描いています。

まず「月の沙漠」の歌詞を一度よくみてみましょう。
(曲は最下部にyoutubeで聴けます)


tukinosabaku1.jpg

   月の沙漠

                作詞 加藤まさを
                作曲 佐々木すぐる

   月の沙漠を はるばると
  旅の駱駝が 行きました
  金と銀との 鞍置いて
  二つならんで 行きました

   金の鞍には 銀の甕
  銀の鞍には 金の甕
  二つの甕は それぞれに
  紐で結んで ありました

   先の鞍には 王子さま
   後の鞍には お姫さま
  乗った二人は おそろいの
    白い上着を 着てました

   広い沙漠を ひとすじに
    二人はどこへ 行くのでしょう
  朧にけぶる 月の夜を
    対の駱駝は とぼとぼと
  砂丘を 越えて 行きました
  黙って 越えて 行きました


「月の沙漠」の誕生は

 本多勝一氏の『アラビア遊牧民』(角川文庫)の
 「『月の砂漠』の夢と現実」という項で、
 作詞者・加藤まさを氏のインタビューが紹介されています。
それによると、
 加藤氏は大正12年『少女倶楽部』の依頼に応じて、作詞されたとのこと。
 加藤氏はアラビアに行ったことはなく、全くの空想で詩を書かれたそうです。
そして、病気療養を期に夏よく当地を訪れ、『御宿の砂丘で得た幻想』から
生まれた詩であると本人は語っている。
 (詩を書いた時、思い浮かべたのが、立教大学在学中、毎年、
 夏になると過ごした千葉県の御宿海岸の砂丘だったという。)

 「なぜラクダがいるのですか?」の問いに
『馬では西部劇に、牛だと牧場になってしまいます』
 「どうして一瘤ラクダなんですか?」
 『一瘤でないと東洋の感じが出てしまってダメなんで す』
 「王子さまとお姫様はどこに行ったのですか?」
 『僕も知らないんです…一緒に考えてください。』
と作者は答えている。

 朝日新聞社の本多勝一氏によると、アラビアの砂漠では、
 『月が朧にけぶる夜は』すさまじい砂嵐の時しかなく、
 『金や銀の甕など』は飛んでもない話で、
 中の水は煮立ってしまい使い物にならず、皮袋に入れる。
 当然金や銀の鞍では王子とお姫様のお尻は火傷してしまう。

…故に、これは日本人のロマンだと!


「月の沙漠」に秘められたもの

(イ)まず、作者加藤まさを氏について
彼は、当時、不治の病とされていた肺結核を若くして患っていた。(後に完治)
彼には恋人がいて、すでに子供までいたが、親の反対で結婚できなかった。
その影響もあってか、彼の作品には、愛と死がテーマと思われるものが多い。
 「月の沙漠」も例外ではないと思われる。
 彼の主な作品
 『カナリヤの墓』1920/岩瀬書店(最初の童謡画集)
 『涙壺(小曲集)』1922/内田老鶴圃/
『人形の墓(童謡集)』1923/内田老鶴圃
 『まさを抒情詩集』1926/春陽堂
 『愛の哀しみ』1927/

(ロ)「月の沙漠」の歌詞について
<注目1>
"金銀の鞍、金銀のかめ、おそろいの白い上着"
この歌詞が、日本人的発想で書かれていることからして、
 汚れなき死装束(しにしょうぞく)での旅立ちであると
私は理解します。

 <注目2>
"王子様、お姫様"
これは、童謡ということで、愛し合う若いカップルの
象徴的表現として使わ れたと解釈する。
そして、金銀の鞍やかめと合わせて、崇高な印象を表し
 ていると思う。

 <注目3>
"金のくらには 銀のかめ
銀のくらには 金のかめ
二つのかめには それぞれに
 ひもで結んで ありました"
沙漠を超える為の最も必要なものは水。
その水は、現実には皮袋なのであるが、日本人の発想と
 して「かめ」になっている。
すなわち金と銀のかめは「水かめ」である。
 「水」は沙漠の中では、まさに「命」
だから、ここでは、かめは、まさに「命のかめ」である。
そのかめを、お互いに相手の鞍に付けて、
かつ、ひもで結んであるということは、何を表しているか?
これは自分の命を相手に預け、かつ、自分と相手は一心同
 体であるという深く強い愛の証であると考えます。

 <注目4>
"おぼろにけぶる 月の夜を
対のラクダは とぼとぼと
砂丘を越えて ゆきました"
「おぼろにけぶる 月の夜を」は、
 前述の本多勝一氏の言葉で、明確ですが、
 現実にはありえない日本人の勝手な発想であるが、
ここで注目したいのは、
 太陽の照りつける沙漠でもなければ
明るい満月の光りが降り注ぐ沙漠でもないことである。
 小さな砂嵐が吹いているような、薄暗い夜の沙漠を二頭
のラクダが超えていくのである。
しかも、そのあしどりたるや「とぼとぼと」である。
 「とぼとぼと」歩くのは、どのようなときでしょうか?
それは、
(1)疲れきっている。 
(2)明確に、何時までに、何処に行かなければならないとい
 う目標がない場合だと思います。
 「月の沙漠」では、後者だと思います。
なぜなら、
この句の直前で作者は
「ふたりはどこへ ゆくのでしょう」と
問うていることからしても、
後者の方が正しいと思われる。

 <注目5>
 最後の一行" だまって越えてゆきました"
 愛し合う二人が黙って一緒にいるときとは、どういう時でしょうか?
それは、二人の間に諍いがあり、口も利きたくないと感じている時か、
 口にしなくても十分自分の気持と相手の気持が一致して
 いるときではないでしょうか?
だとすれば、この場合彼らは、後者。
すなわち、
 口にしなくても十分心はひとつになっているからではないでしょうか。
 諍いがあって黙ったいるのなら、条件の厳しい沙漠の、
 しかも夜の旅など一緒にしないと思います。


「広い沙漠をひとすじに、
ふたりはどこへゆくのでしょう?」

この歌詞の中で、ただ一行作者の言葉です。
 「月の沙漠」の作者が、ただ一行だけ問いを入れることは、
すでに言外で、
その行き先を知っているのです。

二人は、王子様、お姫様でありながら、
お供の一人もいないし、
 沙漠を越えるに必要なものを運ぶための
 ラクダさえ同行していない。
いわば、片道切符のお忍びの旅です。

彼らのいる場所が「砂漠」ではなく「沙漠」なので
砂丘を越えた先に海を想定しているのかもしれません。
それならば、二人は、ラクダを下りて、手を携えて
海の中に消えていくことになるのでしょう。
でも、それを言葉にはしません。
それでこそ、詩は、輝くのです。

 以上のことから導き出されるのは
「月の沙漠」の王子とお姫様の行く先は
 まさに「旅路の果ての死」だと思います。

 この歌の「行きました」と繰り返される言葉は
 「逝きました」を伏線で持っているようにさえ思えます。
  彼らは、死の旅路をしているのです。

 二人は固い死の決意を共有しているのです。
 二人は、永遠の愛と死の決意で硬く結ばれた旅路をしている
 と言えるのではないでしょうか?

しかし、 二人は嘆き悲しんでもいません。
 涙してもいません。
 深く愛し合い、死を共にすることを決然と受け入れ、
 自らの意思として進んでいるからでしょう。

なぜ、彼らは、そうしまければならないのかは
 ここでは、触れられていません。
しかし
 これは、「心中」以外の何ものでもないと思います。
 しかし、それだけでは、とても童謡にはなりません。
 すなわち、この歌の真の魅力は、そこにはないからだと思います。
 
死を決意した二人は今
 最高の「生」の中にいると思うのです。
まさに『死の帰するところが生の依るところ』なのだと思う。

そう考えると、
 汚れなき二人の若者の愛と死に、
 純で凛として、
立ち向かっている姿が浮かんではきませんか?

だからこそ、「月の沙漠」を聴くものにとって、
 心を揺さぶられるのではないでしょうか。

 それは、彼らと心を共にすることによって与えられた至福の
感情ではないかと思います。
この作品は、童謡の域を越えて、多くの日本人の心を揺さぶる
優れた作品だと思いました。

youtube「月の沙漠
https://www.youtube.com/embed/OoCfmEjBO30


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